■新製品開発 5 (No.410)
新製品開発の続き。今回は技術シーズ開発志向について述べる。
技術シーズ開発志向
新しい技術によって開発された素材(新部品・新材料)を利用して,新しい製品開発をするもので,画期的な新製品はこうした技術シーズを活かして市場を創出することがある。セット製品を扱うよりも素材開発から手掛けている企業に多く見られ,長い開発期間が掛かっていることがしばしばある。
技術開発にはいろいろなパターンがあるが,地道な開発によって創出された素材を,如何にして良い商品に結びつけるかを技術者自らが考え試行錯誤しながら商品化に結びつけるやり方である。新しい技術によって生まれた素材は,予め商品が想定されているものもあれば,そうでないものもある。特に,後者の場合,どのような商品に仕上げるかがポイントで,商品化されなければどんなに素晴らしい素材といえども,それが活かされることは無い。
技術シーズ開発では,どちらかと云えば市場で認められ売れる商品になるまでの期間が,市場ニーズ開発志向の商品より長いことが多い。つまり,開発スタート時点ではまだ市場ニーズがあるかどうか定かでない。したがって,開発がある程度目処が付いた時点で,市場ニーズにマッチする商品に仕上げようとすることが多い。或いは,市場ニーズを発掘しようと,商品化を試みて顧客の望みを適えるよう目指す場合もある。即ち,顧客ニーズを無から有にするだけ時間が掛かることになってしまう。ただ,時間は掛かるが一旦顧客の心を捉えれば,他社とは明らかに差別化した商品になる可能性は高い。
技術シーズ開発志向の場合,技術者が自分たちが開発した技術が如何に素晴らしいものであるかを鼓舞したい思いがある。技術者としてはとても素直な感覚で,開発を心掛けている技術者ならば誰もが持ちうる感覚である。しかし,それに自惚れて,自分たちが開発したものが素晴らしく,必ず売れるものと思い込み,売れない場合にはそれを認めない(売れない)のは,市場や顧客が悪いと感じてしまう感覚になる恐れがある。どんな素晴らしい技術が組み込まれた商品であっても,市場や顧客が認めない(売れない)ことはしばしば起こり得ることである。技術シーズと市場ニーズのアンマッチに起こる症状である。
プロダクトアウトについて
技術シーズ開発志向から連想されるのはプロダクトアウト志向である。市場ニーズに合致しないと商品は売れないことは重々承知してはいるが,素晴らしい商品を生み出す技術力があり,その技術力を以て顧客を魅了しようと考えるのは,技術者の本質でもある。素晴らしい技術力を顧客に認めさせようとする狙いである。市場ニーズなるものは移ろいやすい。技術者が持てる技術力を駆使して,顧客が求めるであろうものを創造して,顧客ニーズを掴もうとする試みである。
プロダクトアウトでは商品が売れない,市場ニーズを捉まえるマーケットインが重要だと云われることがある。確かに,市場ニーズに合致しない商品では市場に受け容れられないことは明白であるが,プロダクトアウトが市場ニーズを無視して商品化することのように見なされているから悪いイメージが付いてしまっている。技術シーズを活かした開発は,プロダクトアウト志向になり,それによる商品が市場を大きくした例は数多い。それらは,出発点は技術指向のプロダクトアウト的な商品であっても,市場ニーズが新たに創出されたり,或いは市場ニーズに上手く合うように技術力でカバーして改良されたりしたもので,プロダクトアウトできる技術力無しには為し得なかったものである。
市場ニーズには顕在ニーズと潜在ニーズがあり,市場ニーズ志向の開発ではマーケットインが重要視されるが,これは明らかに顕在ニーズを掴もうとするものである。潜在ニーズも掴もうと努力はするものの,潜在ニーズを掘り起こすことは容易なことではない。プロダクトアウトは,どちらかと云えば潜在ニーズにターゲットが充てられている。つまり,顧客の潜在ニーズ,顧客が心の奥底で「あれば欲しいなあ・・」と願っているようなものに,技術シーズを上手く結びつけようするやり方である。もちろん,そう簡単に潜在ニーズにピッタリした商品が開発できるものではないが,プロダクトアウトによってこそ,潜在ニーズが顕在ニーズへと変わり,創り出されてくるのである。
日本の企業組織構造では,営業・マーケティング部門が設けられ,顧客に一番近い位置にあり,顧客の声を集めている。顧客重視,顧客第一を標榜している企業が多く,営業・マーケティング部門の声が優先されることが多い。一方,営業・マーケティング部門は売り上げを伸ばすことが役割であり,顧客が欲しいものを商品化させ売り上げに繋げたいと云う意志が自然と働く。必然の成り行きで,顕在ニーズが集められる。また,日本の企業では意志決定がコンセンサスで決められることが多く,顧客重視が高ければ高いほど,顧客の顕在ニーズを重視してしまう傾向になってしまう。つまり,潜在ニーズを発掘するプロセスがつみ取られてしまっている企業が多い。即ち,プロダクトアウトがなかなか実現できない仕組みになってしまっている。
技術シーズ開発の難しさ
技術シーズ開発において,如何に市場ニーズにマッチした商品に仕上げるかが,重要なポイントであるが,開発に於ける落とし穴(?)があると云われている。技術シーズ開発志向では,基礎研究から始まり,商品化設計,量産設計を経て市場へ商品を送り出すプロセスを経るが,そのプロセスに,「死の谷」「ダーウィンの海」と云った難関がある(「新製品開発」のあり方を参照)。
先ずは,基礎開発から商品化設計に至るまでの技術シーズを商品化しようとするに必要な資金の捻出である。どれだけ優れた技術であっても,不確実なリスクの高い開発商品は,企業では商品化企画に乗らなければその技術は埋もれてしまう。だから,企業では商品企画の予算が付かなければ開発ができない。或いは,開発に廻せる十分な資金が無ければ,見通しの立った確実な商品企画が優先度が高くなってしまう。
次に待ち受けるのが,「ダーウィンの海」と呼ばれる市場競争である。キャズム*とも呼ばれる事業の発展に至るまでの落とし穴である。商品化でき,上市できたとしても,その商品が顧客のニーズにマッチして,売れなければ意味が無い。新製品は先ず新しいものに関心の高いオタクと云われるような人が買い始め,それに続く人が必ず居る。しかし,普通一般の人は,その商品が世に認められるようになるまで手を出さない。そこまで行き着かない間に廃れてしまう商品が結構多い。ここに深い大きな溝(キャズム)が存在すると云われている。身近な商品を連想しても思い当たるフシは多いのではないだろうか。
*キャズム:開発した新製品が市場で拡大しないことがあり,その理由を説明したのがキャズム(Chasm:大きな(深くて広い)裂け目)であり,これについては,改めて解説することにしたい。
コアコンピタンス*について
企業の優位性を示す能力の中に,コアコンピタンスと云う概念があり,必ずしも技術力だけを指している訳ではないが,技術シーズ開発志向にとって,コアコンピタンスがより必要不可欠なものである。つまり,コアコンピタンスが明確でない企業にとって,技術シーズ開発ができるわけはない。
コアコンピタンスを重視している企業では,競合他社が競い合っているような市場で戦うよりも,自社の特長を活かせる市場で他社との差別化を図ろうとする戦略で勝負をしている。それには,市場ニーズ開発志向ではなく,技術シーズ開発志向で,他社優位の技術力を盛り込んだ商品を市場に投入することを考えている。そうした商品は他社との競合では,コスト競争にはなり難い。他社に先駆けて開発することにより差別化を図り,他社の追随を許さない,或いは,追随できたとしても,それまでに時間が掛かり,先行した優位性が確保できる。
もちろん,コアコンピタンスは,市場ニーズ開発志向の企業でも必要で,競争上で優位に立とうとすれば,必要不可欠な要素であることは間違いない。技術シーズで優位に立とうとすれば,技術シーズを中心にコア技術として戦略を立て,揺るぎないものに仕上げる組織力が伴わなくてはならない。技術優位な戦略は,他社と大きな差別化ができ,コア技術を太い幹にすることによって,強い商品群にすることができる。同時に,技術者のモチベーションも大いに上がり,コンピテンシーが高まる。
*コアコンピタンス:企業内部で培ったさまざまな能力の内,競争のための手段として最も有効なもの
ゲイリー・ハメルとプラハッドが「顧客に対して,他社には真似のできない自社ならではの価値を提供する企業の中核的な力」と定義
3Mの15%ルール
技術者の創造性をかきたて,モチベーションをアップさせる方法の一つとして,有名な3Mの15%ルールと云うアングラ研究が認められている。勤務時間の15%を,今後ビジネスに役立つだろうと思われる研究であれば,自分に与えられたテーマとは別に取り組んでも良い,と云うシステムである。これにより,ポストイットを始めとする数々のヒット商品が生まれている。もちろん,商品化できなかった商品が殆どだが,こうした失敗を許す風土が出来上がっている。
開発者は技術には長けており,それを活かす術も持っている。しかし,現実には自分の思いだけで商品化することは難しく,商品化までの過程で上司の承認など多くのプロセスを経なければならず,なかなか説明だけでは難しいことも多く,途中で挫折してしまうことが多い。或いは逆に,良い技術だと判ると多くの人がそれに群がり,技術者としての自由度が奪われてしまうことも起こり得る。その上,失敗が許されず,果敢に挑戦することを回避しようとする傾向がある。だから,通常の開発プロセスでは,画期的な商品が生まれ難いことになってしまっている。これを打ち破ったのが,3Mの15%ルールであり,技術者の創造性を活かそうとする企業では,これに似たシステムを試みている。
技術シーズを,如何にして市場や顧客に認められる商品に仕上げようとする方法としては,技術者の特長を活かした優れたやり方の一つである。ただ,こうしたシステムが可能な企業は,大企業で且つ研究費に多くの予算を割り当てることができることが条件になる。もちろん,技術者の技術力を高く評価する企業でもある。
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潜在ニーズを掘り起こす意気込みを持て!!
[Reported by H.Nishimura 2015.02.02]
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