■本質を究める 22 (No.342)

技術と技能,同じように技術者が使い,保有するものだが,どのような違いがあるのか?

  仕事の進め方

素晴らしい技術を持った集団なのに経営的にはジリ貧状態に陥っているところがある。過去,このような集団から相談を受けたことがあり,その事例を紹介してみる。

その工場では一人ひとりは熱心に仕事をしているのだが,成果は今ひとつ上がっていない。しかし,そうかといって商品が悪いかと言えばそうではなく,限った分野で比較すると高いシェアを確保しているし,僅かながらも利益も出ている。問題は,販売が大きく伸びず,じり貧の状態になってきて,赤字寸前の状態になってきている。これではたいへんだと,2,3年前から新しい事業へシフトしたが,これが全く上手く行かず撤退を余儀なくされた。外から見ていて強い技術も持たず戦略もないから当然の成り行きか,と見ていた。しかし,よくよく技術者にヒヤリングしてみると,強い技術や戦略以前の問題が噴出してきた。仕様書など最低限のドキュメントは,ISO9001を受審しているだけに揃っているが,そこまでである。技術資料やマニュアルと云った技術者の本来の仕事の成果物が極めて少ないのである。

なぜ,このような状態になったのか?年長者に聞いてみると,特に最近そうなったのではなく,もともとこんな状態だったようである。古くからある組織が分割されてできた組織では,技術部門としてのやり方が伝統的に伝達されるが,ここではもともと少人数の,技能工の集まりから出発してきている。原型開発がなされた製品を如何に素早く商品化するかが技術部門の役割だった。したがって,先輩のやり方を見よう見まねで盗み取って自分の腕を磨くことに主眼が置かれていた。

つまり,個人が技能を高めることで仕事をこなしていた。顧客に評価されるだけの商品に仕上がっているのであるから,その技能,技量は優れたものである。小じんまりした集団での仕事はこのやり方で十分できていたし,限られた範囲での仕事はこのやり方が適していた。しかし,組織がだんだん大きくなるにつれて,大きな集団としての仕事のやり方に変革すべきであるが,それを誰もやらなかったのだろう。

その集団では,個人の技能が仕事の出来,不出来を左右する。問題が起こっても,個人が全て解決に当たる。個人で処理できない問題は,その上の上司が,それでも判断できない問題はさらに上司が,と云った組織的な動きは,全く無いとは云えないが,形式上あるだけで,基本的に個人に依存する。何か新しい企ても,発案者がやることになってしまう。組織として取り上げて,組織として対処することは殆どない。そこには技術者集団ではなく,技能者集団しか居ない。個人の技能で仕事ができているのであって,技術としての組織では仕事ができていない状態である。

技能が如何に優れていても,組織として技術活動ができないと,小さなときは十分対応できていても,ある程度大きな集団になると,限界がきてしまうことを如実に物語っている。

  技能(暗黙知)と技術(形式知)

技能と技術は,次のように定義づけされている。

●「技能は長期間の経験の蓄積によって特定の人に身に付くものであり,標準化されていないもの」(暗黙知)

●「技術は客観化することが可能で再現性があるもの」(形式知)

組織の中に技術部門はあっても技能部門はない。つまり,組織で仕事をするには,技術が必要なのである。何故ならば,世の中に一つしかない芸術品を作るのではなく,同じ特性を持った,同じ品質の商品を作るために,我々は仕事をしており,それを容易にできるように組織がある。

技術は,多数の人によって改良,改善など向上されて,次の世代へと受け継がれて行くもので,そのためには,文書化・マニュアル化と云ったドキュメントが作られることが基本(形式知)である。このドキュメントを読むことで,過去に蓄積された技術を理解することを助け,技術の取得期間を短縮させることができる。その技術を学んだ人が,更に新しい技術を生み,それをドキュメント化することで技術が高まっていくのである。そうした技術力を持っている組織は,市場での競合との競い合いにも互して戦う能力を持っている。

一方,技能は特定の人が習得した能力(暗黙知)である。その能力をドキュメント化できれば技術になるのだが,現実には技能はなかなかドキュメント化されにくい。したがって,技能を持った本人の指導や,見よう見まねで盗み取るなどして,受け継がれるがある一定のレベルになるには時間が掛かる。あるいは,技能を持った本人が居なくなると途端に,そうした能力が発揮できなくなってしまう。

市場での競争は,技術力,組織力の戦いである。優秀な技能者でも一人ではその力は限られている。それに対して,組織を挙げた技術力には,とても対抗できるものではない。しかも,その戦いは,専門能力だけの戦いでなく,物づくりに対する各種の機能が集まった総合力がものを云うことになる。組織力がどれだけ上手く発揮できるかが勝敗のポイントとなる。

実際には,技術だけでも,技能だけでも組織力は高まらないのである。技術だけあれば良いように思われるが,立派なドキュメントがあるだけでは,技術は進展せず,衰退の一歩を辿ることになる。即ち,技術の進歩は,技術者の技能(スキル)に依存しているのである。個人が生み出す新たな技能が最初の進歩である。この段階では,まだ個人についた技能,ノウハウ(暗黙知)である。

この技術者が自分の技能をドキュメント化させること(暗黙知→形式知)ができて,初めて一つの技術になる。こうした技術がいくつか集まって,その組織における技術力になる。これらを技術者が相互に学び取る(形式知→形式知)。そうして学んだ技術から新たな技能を発明,発見して生み出す(形式知→暗黙知)。これは技術ではなく,技能の領域である。優れた技能を持った技術者が居ない限り,新しい技能を生み出すことは不可能である。言い換えれば,技能無くして技術無しである。

つまり,我々に必要なものは,技術であり,技能である。どちらかを疎んじていては,市場からはじき出されてしまうことを肝に銘じて仕事に当たらなければならないのである。

*暗黙知と形式知の違いの詳細は,組織知の作り方(No.042)を参照いただきたい。

 

技能だけで仕事をしていませんか? 組織で仕事ができていますか?

技術を頼って,技能を磨くことを怠っていませんか?

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[Reported by H.Nishimura 2013.10.14]


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