■本質を究める 23 (No.347)
流行に敏感なことは必要だが,流行ばかりを追っかけないことも大切。
製品がヒットすることは,その時節や流行などタイミングが上手く合うことが重要なことである。全く新しいものでなくとも,顧客が求めるものと製品とが合致すればヒット商品になってしまうこともある。製品そのものの価値を顧客が認めるから売れるのである。そこには技術だけでは言い尽くせないものがある。
流行に敏感なこと
流行している製品を観察してみると,どこか,何か,違ったところがある。人を惹きつける魅力がある。それはデザインであったり,優れた性能だったり,人の心理を突いた機能だったりと,何らかの差別化が図られている。こうした流行に敏感であることは技術者には必要なことである。それは,顧客が何を求めているかを知る感性であり,これが敏感な人と鈍感な人では製品化に繋げる進み方が違ってくる。
流行を気にすることは世の中の流れがどのような傾向になっているかを常々観察していることである。その流れを知らず,流れに逆らっているようでは,顧客が求める良い品が何かが判らず,身勝手な,或いはプロダクトアウト的な持てる技術を鼓舞したいだけの商品になってしまうきらい(嫌な傾向)がある。それでは持てる能力を活かしていることにならない。
製品の流行は,先ずイノベーターと呼ばれる新しい物好きのオタク的な人が買い始め,それに続くアーリー・アドプターと呼ばれるチョット良い格好したい人が買う。この段階ではまだ流行に到らず,次のアーリー・マジョリティと呼ばれる実用主義だが新しい技術を採り入れたいと思っている人々が購入する。この段階になると流行の兆しが見え,みんなが使っているから使おうと云うレイト・マジョリティの人々が購入し,本格的な流行となる。流行に敏感なことは,オタクの次の段階であるアーリー・アドプターの人々の動向に注目していることである。この段階から,アーリー・マジョリティに移る瞬間を感じ取ることである。
流行に敏感なことは大切だが,敏感過ぎてはいけない。それは感性が優れているのではなく,ただ流行を追っかけているに過ぎないことが多い。だが,この区別がついていない人が多く,流行を追っかけている。
流行を追っかけていては常に二番手
流行に敏感なことと,それを追っかけて製品開発していることとはものの見方,考え方が全然違う。敏感な感覚を養うことは必要だが,流行を追っかけてばかりでは,いつまで経っても顧客に感動を与えるような製品開発はできない。つまり,流行っているものを追っかけると云うことは,今を後から追っかけているのであって,その先に何があるかを考えていることにはなっていない。考えずにただ後追いをしているに過ぎないのである。
新しいものには欠点も多い。だから二番煎じで,新しいものの欠点を改良した製品を送り出すことも戦略としては悪いことではない。昔の高度成長期には,こうした二番手が大きな利益を得ることもあった。皆んなが同じ方向を向いて早いか遅いかの違いはあっても同じ方向に進んでいる場合はこれで良かった。しかし,最近では流行の変化も激しく,顧客の要求も厳しいものがあるため,先行者利益が大きく,二番手ではなかなか利益が出しにくい構図になっている場合が多い。
最近のヒット商品には全く新しい技術を取り込んだ画期的な商品と云うより,従来技術の組み合わせ方の妙味であったり,デザインが優れていたり,顧客の心理を上手く揺すぶるような商品で,徐々に拡がると云うより,あっという間に情報が伝達され,一気に売れる商品の傾向になってきている。この急激な拡大はインターネットなど情報伝達の早さが大きく影響している。口コミがあっと言う間に拡がるからである。同時に冷めるのも早い。だから,二番手で追っかけようとしていては手遅れなのである。
流行を創出する
流行を感じたり,追っかけたりするよりも,流行を創出する側に立って欲しい。つまり,如何に顧客が求めるものを先だって見出し,それを製品化することである。なかなか簡単なことではないが,常に世の中の情報が素早くフィードバックされるネットワークが必要である。顧客の反応を具に感じ取れるシステムである。
これには多くの失敗が付きものである。一朝一夕にヒット商品が生まれる訳ではない。失敗しても,素早いフィードバックがあれば,その代償も軽くて済む。本当に何が流行るか,なかなか見分けが付け難い時代,顧客の魂を揺さぶるようなものを製品化してみたい。それは技術者の夢でもある。夢を単に夢で終わらせないためにも,日頃からの欠かせぬ熱意が現実味を帯びさせてくれる。
流行のスピードは加速されている
二番手の商売は成り立たないのが現実である
[Reported by H.Nishimura 2013.11.18]
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