■本質を究める 8 (No.284)
よく失敗に学ぶと云うことが云われ,失敗学,失敗の本質など失敗に関する書物を見かける。確かに,諸説にあるように失敗から学ぶことは多い。だが,成功から学ぶことが多いとはあまり云わない。しかし,技術に携わって仕事をしていると,成功から学ぶ点はいろいろある。ここでは成功と云うのは,地位が上がることを指すのではなく,技術開発やプロジェクトの目標達成度である。その成功から学ぶことについて述べてみる。
野村監督の名言
勝ちに不思議の勝ちあり,負けに不思議の負けなし
この言葉は野村監督が創作した言葉ではではなく,松浦静山と云う人が剣術書『剣談』に記載した言葉からの引用であるそうである。「勝負に負けるときには,何の理由もなく負けるわけではなく,その試合中に何か負ける要素があるからである。勝ったときでも,何か負けに繋がる要素があった場合がある」という意味で,試合に勝つためには,負ける要素にどんなものがあったか,どうしたらその要素を消せるかを考えて行く必要がある。もし勝ち試合であっても,試合に勝ったからと言って,その犯したことを看過してはならない,と云うことだそうである。
勝ち負けを云々するのは,相対的な相手があって,相手との優劣で決まることが多い。こちらの一寸したミスに相手につけ込まれて負けることはプロ野球などを見ていると日常茶飯事のことである。だから,負けるときは必ずその原因が見つかることが多いので,このように云われて,名言として残っているのだろう。
しかし,我々技術者は,失敗することはもちろんあるが,相手につけ込まれることはそれほどない。もちろん,ライバルとの競合で先んじられることはあっても。技術開発は相対比較と云うより,絶対比較に近く,自分自身,或いは自チームがどれだけ上手く壁を乗り越えられるかであって,相手との比較よりも,自分と自然科学との戦いと云えよう。だから,失敗をして反省して同じ過ちを繰り返さないだけでは,壁を乗り越えることはできない。挑戦が必要で,そこに失敗は付きものであるが,失敗から学習することは,同じような失敗を繰り返さないことに過ぎないと感じている。
失敗の経験よりも成功の経験が重要
プロジェクトなどを進めるとき,いろいろな失敗を経験して苦労している人と,上手く成功した経験を持った人と比べると,後者の成功経験を持った人の方が安心して任せられることが多い。それは,技術開発やプロジェクトなど初めて経験することに対する場合,いくら失敗の経験を積んだ経験豊かな人でも,成功経験が少ないと,失敗に対する防御姿勢は万全だが,新しいことへの挑戦に対する成功の自信が乏しいからである。
つまり,失敗経験豊かな人は,過去こんな失敗をしたので,この場面ではこうした方がベターであるとか,こちらを選択すると過去こんな失敗をしているから違う道を選択しようとか,過去の失敗を活かせないことではない。ただ,同じ失敗を繰り返さないようにしているだけで,新たな出来事に対応することとか,予想しない壁にぶつかったとき,それを切り拓いて行く力は不十分だと思う。なかには同じ失敗を繰り返し,学習能力の乏しい人も偶にいるが,そうした人は技術開発などとは違った道を歩んだ方が自分の力を発揮できると思う。
成功経験が重要と云うのは,成功したと云う自信が大きい。つまり,自分は成功させる力を持っていると云う自信が必要なところでの判断力を活かすことになる。もちろん,油断は禁物であるが・・・。技術開発やプロジェクトは新しいことへの挑戦であり,大きな壁を乗り越えなければ目標が達成できない場合が多い。それには,適切な先見性と判断力を必要とされる。こうした力は,失敗をいくら繰り返しても身に付かない。成功すること,つまり壁を乗り越えた経験をした初めて養われる能力である。つまり,プロジェクトなど成功経験豊かな人は,必ずこうした能力を身に付けていて,大所からの展望のもとに先見性を以て全体把握をし,適切なタイミングで素早く判断をしている。
つまり,失敗から学ぶことを否定はしない。失敗から学ぶことは多い。大発見をするような人は失敗の連続であり,そうした中で僅かな可能性を上手く導き,大成功を収めた例は多い。だが,技術開発やプロジェクトと云う,多くの凡人がやる仕事において,偉大な発明家,発見家のようなことは少なく,日頃の努力の積み重ねであり,そうした面からも,着実に目標必達できる術を成功した事例から学ぶことは非常に重要なので,敢えて成功から学ぶとして述べたのである。
成功重要要因(Key for Success)とは何か
重要成功要因と云う言葉がある。ここでも何度か触れたことがあるが,改めて述べる。これは経営戦略など目標の実現のために何が重要な要因かを明確にすることである。
プロジェクトなどにおいて考えると,目標を達成するためには現状とギャップがあり,そのギャップに幾つかの課題が存在する。言い換えれば,目標を達成するために,超えなければならない壁をどのようにして乗り越えるか,その課題克服の要因を見つけ出して,プロジェクトに掛かる時点からその克服方法を練り,着実にクリアして目標達成しようとするものである。
こうした考え方は,失敗から学ぶと云うより,如何にして成功するかに焦点を当てている。つまり,成功することをイメージすることで,的確に前進しようとするものである。少なくとも,出会ったりばったりで問題を解決するより,明らかにスマートで,確実に課題をクリアできる確率が高くなる。こうした考えができるのも,成功経験がものを云う。つまり,如何にして成功することができたかを学ぶことで,その応用を繰り返すことでもある。
成功経験のあるリーダの方が部下のモチベーションは高くなる(本質を究める 4 No.266)
これもプロジェクトのところ及び本質を究める 4で述べたが,自信あるリーダの部下のモチベーションは高いのが一般的である。つまり,リーダが成功に向けて自信をもって臨めば,その部下もリーダを信頼してその指示に従えば良い。逆に自信の無いリーダの下では,判断自体が曖昧なことが多く,或いは判断の先送りなど,部下の行動が揺らぐ。つまり,余計な心配をしながら進めなければならない。これでは,モチベーションが上がらないのは当然である。部下のモチベーションが高いことは,成功に繋がる確率があがり,結果的によいサイクルが廻ることになる。
成功に自惚れては足をすくわれる
最後に,成功経験が豊かと云って,自惚れていては,思わぬことで足下をすくわれることはよくあることなので,成功する自信は重要だが,過剰な自信は自惚れにつながることを忘れないでおこう。
失敗から学ぶことも多いが,それ以上に成功から学ぶことも重要である
[Reported by H.Nishimura 2012.08.27]
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