■本質を究める 7  (No.278)

仮設を立てて考えることは,物事を検討するとき・課題を解決するときに重要なやり方である。与えられた課題を解決することは得意な人は多い。サラリーマンとして仕事をしている人は,日常的にいやが上にも訓練され習熟するようになってくる。ところが,自ら課題を抽出して課題解決までをこなすことができる人は少ない。つまり,課題抽出力・形成力が弱いのである。できる人はこの課題抽出を上手くやれる人で,必ず仮設思考力が身に付いている。

  仮設思考とは?

日常生活でもいろいろな場面で自然な形で,仮設を立てながら行動している。

 ・休日なので高速道路は混雑しているだろうから一般道を走ろう
 ・あそこのスーパーは水曜日は安売りなので午前中は特に混んでいる
 ・いつもの飲み屋は週初めはいつも空いている
 ・一番効果の大きいのはAの量に依存しているようである
 ・不良の原因は,Bが悪さしているようだ
 ・C工程が怪しいので,動作をよく観察しておいて欲しい

これらは,いずれも多分答えはそうではないかと想定した上で行動を起こしている。必ずしも正解かどうか判らないが,予め想定した答えを基に推測して判断している。つまり,いろいろな情報を集め確かな情報を得てから行動するのではなく,不確かな情報の中で,経験則や傾向からの推測などで判断・行動しないと間に合わなかったり,随分遅くなって役立たなかったりすることになるからである。このように,わざわざ「仮設思考」と云わなくとも,自然に利用している考え方の一つである。

こんなこと当たり前のことだと思った方も多いだろう。しかし,あてずっぽうに予測して,当たった,外れたと喜んだり,悲しんだりしているのでは,仮設思考ができているとは云わない。つまり,推測したことの当たる確率を云々しているのでもなく,思い込みで答えに強引に結びつけようとすることでもない。思い込みで行動することと,仮設思考で行動することとは根本的に違う。

仮設思考とは,先に仮の答えを想定するのだが,それが正解とするように情報収集するのではなく,それが正解かどうかを検証すること,即ち,仮の答えが間違っていることをも情報収集して調べることである。この検証することが重要である。もちろん,経験が深まるにつれて,仮の答えが正解する確率が上がること,即ち精度が上がることが必要なことではある。

  なぜ,仮設思考が重要なのか?

何かを判断し行動しようとすると,その前提としていろいろな情報を集め,精度高い情報にしようと努める。しかし,情報は無限にあり,情報を収集するあまりに時間が採られてしまって肝心の判断が不足したままの情報で,エイヤーと決めてしまうことが結構多い。昨今は情報が氾濫しており,いろいろな情報が得られるだけに的確な情報収集が困難だからである。これでは判断を誤る事態に陥ることになってしまう。それよりも,経験則などにより仮の答えを想定して,それを裏付ける情報を集め,その精度を上げて判断する方が余程判断を誤らなくて済む。要は的を絞って情報を集めるから,時間的に少なくて済み,且つ精度の高い情報の収集が可能になる。だから仮設思考が必要とされるのである。

コンサルタントが素早く的確な応えを出し,適切なアドバイスができているのは,当にこの仮設思考を実施しているからである。つまり,これまでの経験から様々なデータベースを蓄えている。その中から,当該のケースに当て嵌めて最も似通ったケースでの解を参考にしながら,自分の経験則と併せて仮設を立てる。その仮設に則って,必要と思われる情報を収集・調査して検証を加えるのである。つまり,焦点を絞っての検証なので,時間的に少ない時間で確実な情報が収集でき,それらの情報を基に的確な判断・アドバイスができるのである。一見,かなり優秀と見られているコンサルタントでも,頭の良さよりもこうしたデータベースの活用がどれだけできるかに依ることの方が大きいのである。

ただ,仮設思考は早い段階から的を絞るために訓練と冷静な目が必要で,仮設に囚われて,仮設が正解だと見なして情報を収集してしまうと,偏った情報,つまりその仮設を正解とする情報ばかりを集め,否定する情報を無視してしまう危険性がある。所謂,思い込みで走ってしまうことがある。これは余程意識をしていないと,ベテランでもついつい陥りやすい罠である。

仮設思考の反対が網羅思考と云われる。つまり,先ずいろいろな情報を集めて,それを分析して,それからストーリーを決めてやろうとするもので,先ずはあらゆる情報集めから入るので,ストーリーを決めるまでに時間を要する。どちらかと云えば頭の良い人が多くいる場合,この網羅思考をやりたくなってしまう。そうした状況下では,先ず理屈が先行して,ああでもないこうでもないと,ストーリーを決める決定打が見つからず,つい批判的な見方が横行し,いつまでもズルズル時間を費やしてしまいがちである。完璧にやろうとすればするほどこの罠に嵌ってしまう。仮設思考は,仮設が誤っていれば,検証段階で見直しがされるし,見直しするときには,次の仮設ができていて,それに対して検証することになり,こうした見直しにおいてもスピーディな対応が可能なのである。

  仮設思考を利用するには

ただ,誰しも簡単にこの仮設思考ができる訳ではない。経験の少ない人に仮設を立ててと云っても,仮設を立てることすら難しく,どのようにやれば良いのか判らない。即ち,経験が少ない若い人がいきなり仮設思考をしようにもムリがある。しかし,この仮設思考の考え方を学んでおくことは非常に大切で,失敗を恐れずチャレンジしてみることである。チャレンジをせず,いつかはできるだろうと思っているだけでは,いつまでもできない。

少なくとも,仕事のやり方を一通り学んだ人は,自ら進んで課題抽出に,仮設を立てることから試みるべきである。前述したように,仮設は正解ではないので,検証段階で仮設が誤っておれば間違いが発見される。その検証をすることが,次の仮設を見つけ出すことにもつながっていることを学習できるはずである。こうして,繰り返し繰り返し,仮設を立てながら仕事を進めていくと,自然と仕事が速くできるようになり,且つ,仮設の精度も向上してくる。ますます,仕事が速くできるようになる,と好循環を生むはずである。

こうした訓練は,物事の全体像を掴んでストーリーをつくるにも大いに役立つ。つまり,仮設を考える段階で,より広い視野から物事を見る訓練ができるようになってくるのである。このことは仮設の精度向上にも大きく貢献してくる。

また,仮設を立て,実験してみて,検証する。このサイクルを廻すことで,仮設がどんどん進化していって,結果的に仕事の成果につながることがある。これを立証しているのが,セブンイレブンであり,事業拡大の重要なやり方になっている。つまり,仮設を立てて,それに従って店舗で試してみて,その結果を検証して,それを次の仮設につなげ,毎日,1年365日,365回仮設のサイクルを廻している。これができているのだから,儲かるわけである。我々,自分自身の仕事にも当て嵌めてみれば,成果は間違い無しである。

  技術者としての仮設思考

技術者は他の一般の人より,データを扱ったり,分析をしたりする機会に恵まれている。そこで良い仮設を立てるには,このデータ分析を活用することである。そもそも分析する目的は,そのデータから示される結果を導き出すために行うもので,いきなり明らかな結果が出る場合もあるが,殆どの場合,傾向が判ったり,それらしき答えが浮かんできたりするだけで,正解とは云えない状態に止まっている。

こうした分析は,当に仮設思考に有効で,その傾向や答えらしきものを,仮の答えとして次の情報収集の重要なポイントとして,さらに有効と思われるデータを採取して分析を重ねることである。但し,仮の答えを正解とするデータを偏って収集していてはいけない。正解でないとするデータも収集して,それらのデータから総合的に判断しなければならない。そうした機会は,技術者であれば,いくらでもある。むしろ,そうしたやり方をすることが,的確な応えを素早く導き出すプロセスとなる。

仮設はディスカッションやインタビューからもひらめく機会は多いとのことであるが,私の場合では,そのことに取り憑かれた状態(当該のことを真剣に考えている状態)では,夜寝ている間に日頃のうやむやが整理されて,ハッと閃くことがある。つまり,昼間,いろいろ悩んでいる状態よりも,すっきり頭が整理された夢うつつの状態に,良い仮設がひらめくことがある。これも,その人の性格や能力などにもよるが,先ずは悩むほど真剣に考えることから答えが導き出されるのではないだろうか。

仮設思考は仕事をする上で重要な考え方である

 

参考文献:「仮設思考」  内田和成 著 東洋経済新報社 発行

 

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[Reported by H.Nishimura 2012.07.09]


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