■本質を究める 2 (No.257)
今回は,「顧客重視」と云う聞き慣れた言葉ではあり,経営者ならずとも会社員ならば頭の中にたたき込まれたことであるが,その中身は奥深いものがあり,よく考えてみたい。
●真の顧客重視,顧客満足度の向上とは顧客の言いなりではない
昨今の景気の低迷はいろいろな問題を抱えている。電気製品,衣類,家具など大型店を中心に低価格競争が激化しているようにも見え,とにかく安いものが買われている。特に,電気製品(大型テレビやDVDレコーダーなど)の低価格化は歯止めを知らないほど進んできている。これでは電機業界が赤字経営に陥っているのは当然のことである。安価で品質の良いものを供給することは素晴らしいことではあるが,経営が成り立たないようでは安定供給することができず,正規の姿ではない。
経営の基本とされる「顧客重視」であるが,今日の姿を見ていると,本来の主旨とは違った面が現れているように感じられる。即ち,企業が永続的な成長を目指して活動する中で重要なキーワードが「顧客重視」であって,安売り競争をして顧客を惹きつけているようでは,真の顧客重視にはなっていないのである。安価なものは一時的に顧客に喜ばれはするが永続的に供給できず,このような経営では,顧客は離れて行ってしまう結果は見えている。
どの会社でも社是やビジョン,方針などに,顧客重視,顧客志向,顧客満足度の向上などと,顧客を大切にした対応をすることで会社の成長を目指そうとする文言が謳われている。昨年度流行した「もしドラ」でも顧客とは,と顧客を大切にすることがマネジメントでは重要なことであると述べられている。したがって,我々の身近なところに,顧客への態度として求められるものが行きわたっている。
それだけに言葉が先行して,「顧客重視」「顧客満足度の向上」など顧客の言うことをそのまま聞き入れること,即ち顧客の言いなり,極端な場合は,顧客に媚びることで顧客の機嫌を取ればよいのだ,と。そうすれば顧客が製品やサービスを買ってくれ,満足してくれると思っている人も結構居る。確かに,顧客の機嫌を損ねないことは大切なことで,要求を素直に受け容れることで商売を継続できることも大いにある。買って貰えるか否かは売り子にとっては非常に重要なことで,顧客との駆け引きは妙味のあるところである。
しかし,技術者として考えた場合,社是やビジョンで謳われている顧客重視は,売り子の場合とは違ってくるのは明らかである。技術者もある意味では,顧客要求を十分把握した上で,製品やサービスの開発をしなければならないことは当然である。所謂,プロダクトアウト的な,技術的に優れた製品やサービスを開発したのだから売れないはずはない,と見るのは間違いである。顧客が買うのはその技術的価値ではなく,使っての価値(利便性,快適性,満足感など)に対してお金を払うのである。
だからといって技術者が顧客の言葉をそのまま鵜呑みにしたり,顧客の言いなりで製品やサービスを開発していたのでは,顧客が感動してくれ,喜んで買って貰えるようなものは生まれてこない。それは以下のような理由による。
●マーケットインだけでは勝てない
顧客の求める価値(付加価値)を把握するために,企業の中でその役割としては技術者ではなく,営業,マーケティングを仕事とする人々が居る。彼らは,顧客との間に入って,顧客が求めているものが何かを顧客から吸い上げ,技術者へその情報を展開する。そうして展開された情報を基に技術者が自分たちの持ち合わせているシーズ(製品の基になる要素技術)から検討を加えて,商品化をするのである。
しかし,市場に対するマーケットインそのものの考え方は正しいがそれだけでは競合に勝てないし,利益を得て永続的に競争することができない。真に競争に勝って行こうとするならば,自社の強みを活かしたプロダクトアウトの発想が伴わない限り無理である。マーケットインが全てと考えている限り,後追いの競争に陥り市場に翻弄されて疲弊する危険性を孕んでいることを見極めておくことが大切である。つまり,顧客志向は生き残って行くための必要条件であるが,企業が進化,成長するための十分条件ではない。
このように表現すると,プロダクトアウトが正しいと我がもの顔になる人が出てくるかも知れないが,ひとりよがりの単なる思いこみのプロダクトアウトではないので注意して欲しい。ここで云うプロダクトアウトとは,マーケットインで顧客の真のニーズを把握した上で,しっかりした自社の強みを磨いたものを市場に提供して行く「究極のプロダクトアウト」のことを指している。
「究極のプロダクトアウト」は重要である。つまり,顧客志向と称して顧客の欲しいものを提供しているだけでは,最初は喜ぶ顧客もやがてはそうではなくなる。つまり顧客が言ったことしかできない下請け的な仕事しかできないベンダー(供給する企業側)ではだんだん相手にされなくなってくる。それよりも,ときには言うことを聞かないことがあっても,自社の強みを打ち出し,顧客が想像もしなかったものを提案したりしてくる方が好まれる。つまり,潜在的な顧客ニーズを引き出し,顧客が感動するような製品提案をしてくる企業が求められる。そのためには,顧客志向を持ちながら,「究極のプロダクトアウト」ができる自社の強みがなければならない。
優れた企業の殆どが自社の強みを持っている。自社にしかない技術を武器に,不景気になっても勝ち組に入っている企業がある。これらの企業は,徹底的に自社の強みに磨きを掛け,プロダクトアウトを進めている。プロダクトアウトと云うより,顧客と共に市場を創造している。その代表例が,アップル社のスティーブ・ジョブズ氏のような仕事のやり方である。
現在では,顧客ニーズを満たそうとすると自社の強みが活かせず,自社の強みを活かそうとすると顧客が満足しないことが多い。そうした矛盾にマネージャクラスがフリーズしてしまって,どうすべきか行き場を見失い,単なる顧客の言いなりになってしまうパターンがよくある。こうした時代だからこそ逆にビジネスチャンスがあり,しっかりした戦略を持ったところが勝ち組になっている。企業が進化,成長して行くためには,顧客に提案しリードする立場にならなければならない。いわゆるWin-Winの関係が続けられるには,自社の強みをしっかり磨いた企業しかありえない。そうしたことを考えると,「究極のプロダクトアウト」は非常に重要なことである。
●技術者としての真髄
技術者は,企業の中で唯一,無から有を生み出すことのできる仕事に携わっている。そのことを誇りとしなければいけない。本来の役割は,顧客の声を聞いてから反応して動くのではなく,自らが有するシーズの中から顧客が感動を呼ぶものを考え,生み出し,上市して顧客の声を創り出すことであり,またときには,それに顧客がどのように反応するかを問い掛け修正を加えることで市場を創り上げることである。
それを実現するために,新しい技術に没頭することは大切なことであるが,それだけでは顧客に感動を与える製品・サービスは生み出せない。創り出した試作品などを基に,顧客の生の声を直接聞くことも必要である。それらの中に,顧客自身も感づいていない真の潜在ニーズが潜んでいることもよくある。その潜在ニーズを鋭く抽出することは,技術者しかできないことである。それは,潜在ニーズと持ち合わせているシーズを上手くマッチングさせることが出来るからである。商品化が最もできやすいチャンスなのである。
高度成長期は業界全体が上昇機運にあり,競合他社と同じことをやっていて,少しでも効率よく進めることで利益が出ていた時代である。そうしたときでは技術者は競合他社と同じ技術で競い合っていた。極端には,真似をしてでも(特許侵害しない範囲で)効率が良ければそれでも良かった。戦略など難しいことを考えず,ただひたすら技術にのめり込むことで生き甲斐が感じられていた。しかし,昨今ではそうした技術者は不要で,自らが新しいことに果敢にチャレンジしなければ顧客に対する付加価値が付けられなくなってきている。これは本来技術者としての正しい姿である。
前に転んで失敗するのは技術者として然るべき姿で,じっと待っていたり,与えられたことをやるだけでは顧客に満足を与えられない。顧客に感動を与えようと思えば,多少の失敗を恐れていては何もできない。もちろん,同じ失敗を繰り返すことは回避しなければならないが,若い技術者は大いにチャレンジして失敗をする意気込みを持って欲しい。
[Reported by H.Nishimura 2012.02.13]
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