■本質を究める 1 (No.253)
東日本大震災以降の日本の中で,復興に向けた活動が展開されているが,一方,原発事故に対する原因究明も行われている。そうした中で考えさせられることは,いざと云うときの人々の判断力が弱まっているように感じられてならない。即ち,規則,基準,マニュアルなどといったものが有効に機能しない事態が起こってしまっている。普段の安定している状態では非常に役立つものが,いざというときには役立っていないのである。そこで数回に亘って,不測の事態などいざというときにも役立つ思考力,判断力を如何にすれば身に付くかを考えてみたい。大袈裟ではあるが,『本質を究める』と云うタイトルを付けてみた。
●規則・基準・ルール・マニュアルなどには,その背景となること,考え方をきっちり示し,理解させること
我々が日常生活している中で,いろいろな場面で決まり事がある。日本国憲法しかり,道路交通法しかり,或いは我が家のしきたりなど,身近なものから,日頃は意識していないものまで考えてみると我々の生活は,そうしたルールに則って営まれている。会社の中でも,仕事をする上での規程・基準があり,それらを基とした活動が展開されている。
そうしたルールは先人達が経験した中から編み出したもので,それらに則って実施することで上手く進むようになっている。そうしたルールは代々に亘って遵守されるために,重要となるポイントがドキュメントとして残されている。多くの人が後生に伝承したいと思って残されたドキュメントを運用することで成り立っており,むしろ知らず知らずのうちに活用していると云った方が正しいかもしれない。
規則・基準などは重要なポイント,肝心な部分を選び出してドキュメントになっているので非常に貴重なものであり,それを遵守することが約束事になっており,何らかの形で教育されたり,知らされたりして理解することで秩序が保たれている。これらは一般的には通常安定時,日常活動において非常に役立つもので,会社などにおいて新人教育などマニュアルを利用しているところが多い。特に,同じような仕事に従事し,優れたオペレーションで効率を上げる為には欠かせないものでもある。
その重要性は私が改めて述べるまでも無いことだが,今回の大震災のような想定外と称されるような事態に陥ったときには役立たないことが明白になってきている。今回の震災などは想定外のことだから致し方ないと諦める人も居るが決してそうではない。他方で,想定外のことも考えるべきだと云う人も居るが,実際これをやりだしたら限りがなく結果的に纏まるものも纏まらないで終わってしまうことが多い。だから,想定されることの枠を決めてルール化しているのである。
そこで過去の経験から,即ち,規程・基準・マニュアルなどを活用するだけでなく,それらの作成側でもいろいろ経験した中で感じていることを述べてみたい。
規程・基準・マニュアルの中身は良く読んで戴くと判って貰えるが,どのようにすれば良いか,或いはこのように行うべしと云った,言い換えれば,How-toが中心に書かれているものである。つまり,いろいろな解釈や考え方などをドキュメントしていてはとてつもなく膨大なものになり反って肝心な部分が伝わらなくなるので,重要なポイントをHow-toで書かれているものである。What,So Whyでは表現されていない。ここは非常に重要なことなので,よくよく身の回りのルールが書かれたドキュメントを読み返して欲しい。まともな立派な内容で,それだけでも通常一般には有効なものなので活用されているのである。
作成した人々が周りに居る間は,その背景や考え方が周りにも伝わるので,単にドキュメントだけでなく,活きた形でルールが伝承される。ところが,そうした作成者が居なくなってくると,ドキュメントだけが独り歩きするようになる。つまり,How-toで書かれた内容だけが重要になり,その部分だけ(やり方,方法)が伝わり,そのうちに世の中の変化に追随しなくなってくる部分も出てくる。世間で云われる法律が新しい流れに追随していない,法律が陳腐化していると云われるのが顕著に現れた例である。
以前のどこかで述べたと思うが,世間一般の公式的な規則・基準は5年毎に見直しされるのも,単に新しい流れに合わせるだけではなく,その背景となったことや考え方が世代間で(作成者が順次代わる中で)受け継がれて行くために行われている。そうしたことが行われない会社では,規程・基準などの改定が合わなくなって慌ててやろうとすると,先人の考えが判らないで伝承できず,本来あるべき姿にすることが誰もできない事態に陥ってしまい,役立たない規程・基準が残り,やがては消え去ってしまい,最悪の事態はその結果,不祥事に到ることだってありうる。
つまり,伝承されるべき重要なポイントは,ドキュメントに記載された部分だけではなく,その背景となったことや,考え方の部分なのである。しかし,その部分が十分記載されているものは多くない。公式文書で規程・基準作成に当たっての前文などに背景や考え方に触れられているものを見ることがある。それらがあるものは,私は努めてその前文を隈無く読み,言いたいこと,何を伝えたいかを読み取るようにしている。典型的な例は,ISOなどのドキュメントで,改定が加えられるときには,必ずその考え方が記載されているが,その部分を詳しく説明してくれる講師は少ない。講師の説明の殆どがHow-to中心で,また聞く側もHow-toを求めるからでもある。その結果,ISOの精神,基本となる考え方を正しく理解している人が少ない。私の出会った周りの人でも,正しく理解していると感じた人は少ないことからも明らかである。
そこで規程・基準を活用する立場の多くの人は,必ず前文などがあれば必ず目を通し,その主旨を理解した上で,規程・基準を理解するようにして欲しいし,数少ないと思うが作成する立場の人は,必ず,作成の背景,考え方を前文など何らかの形でドキュメントとして残し,後代の人が目に触れるようにして欲しい。また,会社などの規程・基準は,必ず前任者を一部に入れた状態で,定期的に(5年毎)見直しをして,背景,考え方が伝承されるようにして欲しい。そうした活きた規程・基準が後生まで伝承されるようにして欲しい。
今回の震災でのマニュアルなどがどのようなものだったのか詳しく知らないので厳密なことは言えないが,少なくともそれらのマニュアルに背景や考え方などが前文などに入っていて,それら考え方が十分に伝承されていたならば,人災と称されている部分の事故は防ぐことができたのではないか。単にマニュアルに有った無かったの問題ではなく,咄嗟の時の判断にその背景や考え方などが役立っていたのではないかと思う。つまり,想定外のことまでいろいろ考えて纏まらないよりも,背景や考え方をしっかり伝承することで,肝心な判断ができるようになるのではないかと思っている。
あなたの周りのルールは定期的に見直しされていますか?
ルールの基になった考え方が明確になっていますか?
[Reported by H.Nishimura 2012.01.16]
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