■本質を究める 61 ノブレス・オブリージュ (No.529)
武士道の道徳観と同じようなものとして,ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)と云う言葉があり,直訳では「高貴さは義務を強制する」を意味し,一般的には財産・権力・社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。現在の安倍総理に与えたい言葉だ。
安倍総理にまつわる一連の騒動より
森友問題がうやむやにされそうかと思っていたら,これも以前から燻っていた加計学園問題が浮上してきた。「忖度(そんたく)」と云う普段はあまりお目に掛かったことの無い言葉がマスコミを賑わしている。一般国民として,マスコミの情報でしか知ることができないが,どうも首相としての資質の問題があるように感じられてならない。
自分には一切やましいことは無いと言いきる安倍総理だが,どうも他に対立するものが無く(自民党内でも,且つ野党も腰抜け状態で),一強の状態が続いており,それに奢りを覚えてしまっているようである。愛国心など国に忠節を尽くすべき言動もしばしば見掛けるが,真に国を愛する心があるならば,日本の武士道の精神を見習って欲しいものである。
ノブレス・オブリージュと言って,欧米では,日本の武士道に通じる確固たる道徳観があるが,こうしたことにも全く無頓着と云うか,あきれてものが言えない状態である。首相たるもの,日本を代表するトップであり,ノブレス・オブリージュを率先すべき立場であるが,全くその品位も感じられないのは私だけだろうか。政治力はこれだけ長年総理を務められているのでおありなのだろうが,人間としての尊厳・品位が感じられない。
また,総理の周辺の人物も,誰も猫に鈴を付けられないような状態になってしまっている。「忖度」などと云う言葉で片付けられて良いものではない。公私混同とまでは行かないまでも,一般人が素直に納得できる言動であって欲しい。且つ,首相自らが率先して事実を解明すべきであり,このツケはいずれ大きなしっぺ返しで返ってくると思われてならない。
李下に冠を正さず
この言葉もマスコミで最近ちょくちょく使われる言葉である。中国の故事で,「誤解を招くような行動はすべきでない,と云う戒め」である。スモモ(李)の木の下で曲がった冠をかぶり直すと,スモモの実を盗んでいるのではないかと誤解を招く畏れがあることからきている。
現在の安倍総理にピッタリ当てはまる部分で,マスコミは首相として襟を正すべきだとの論調であり,全く同感である。トップに立つものは例え真実ではなくとも,誤解を招くようなことをしてはならない。それが安倍総理は全く理解できていない。否,そうしたトップの資質さえ疑いたくなる言動である。日本の首相として情けない次第である。
誰も面と向かって刃向かう人が居ないからこそ,自らが真摯であらねばならない。リーダたる者の必要条件であるが,どうもその点が抜けている気がしてならない。誰も教えなかったのか,言葉としては知っていても,言動が伴わないのか,いずれにしても資質に欠けているとしか思えないのである。
ノブレス・オブリージュが必要なときである
[Reported by H.Nishimura 2017.05.22]
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