■転機 7 職場異動 その5 (No.437)

職場異動(その5)

海外の設計センター構想が中断されていた頃,製造業にとって重要な法案が施行されることになり,その対応準備に迫られていた。全社を統括する技術企画室におり,海外支援プロジェクトの行き詰まりと期を同じくしたときであり,電装品を設計し安全については精通している方に属していたので,適任と指名された。

  PL(製造物責任法)とは?

平成6年(1994年)7月1日,製造物責任法の官報が公布され,1年後に施行されることになった。これまでには無かった「製造物に欠陥があり,それによって生命,身体又は財産を侵害したときは,これによって生じた損害を賠償する責任がある」と定めたものであった。猶予は1年間であり,その間に企業としてやるべきことを的確に把握することから始まった。先ずは,製造物責任(PL)法の詳細な解釈であり,欠陥とは,設計上の欠陥,製造上の欠陥,警告・表示の欠陥に分類され,欠陥の判断基準も,標準逸脱基準と,消費者期待基準,危険効用基準があり,最後の危険効用とは,危険性と有用性を比較し,危険性が有用性を上回った場合には欠陥があるとされた。

アメリカのPL法の先例があり,これらを徹底的に勉強した。代表的な,コーヒーでのやけどによる損害請求など,これまでの日本では欠陥とは考えられない事例などもあり,グローバルに考えないと,日本の常識が必ずしも通用しないことも知った。かといって,大袈裟に構えることは経済性を阻害することにもなり,危険効用基準などを参考に,独自の安全性基準を明確に示すことが,多くの人を悩まし混乱させること回避する有効な手段と考えた。

と同時に,アメリカのPL方の先例について,電子部品よりも電気製品を作っている部門の方が進んでいるといろいろな部門に問い合わせたが,どこも手探り状態で,アメリカでのPL法での取り組みを十分に理解しその対応を含めノウハウとして蓄積されているところは,調べた限りではどこにもなかった。むしろ,私達が進めようとしている社内の取り組みの方が先を行っていることが判り,以来前人未踏の道を切り拓いて進む決心を強くしたことを思い出す。

  PL(製造物責任法)に対する取り組み

これまで,製品安全について何度か述べている。そこでも,PL法に関して取り組んだ内容の一部を紹介しているので繰り返しになるが,私にとってはエポックメイキングとして残っており,これまでの考え方を整理する転機でもあったので,再び紹介する。(製品安全2(No.008)製品安全3(No.009)機能安全について2(No.389)

自動車部品など安全を重視した設計に携わっていたとはいえ,それまで纏まった考え方を持っていた訳ではなかった。ただ,置かれた環境が自然と安全を十分に考慮した設計をさせていたと云える。したがって,PL法に対して十分な知識を持ち合わせていた訳ではなかったが,業界全体でも手探り状態であり,何をどのようにすれば良いのか困惑していたので,自らが率先して役割を果たすには丁度良いタイミングだったと云える。

そこで,これまで電装品で鍛えられた知識を整理し,電子部品としてPL法(製造物責任法)に如何にすれば,企業として使命を果たし,且つ大きな損害を発生させることの無い状態を創り出せるか,本質的なところから取り組んだ。全社でも技術だけでなく,法務部門からもPL法に対する担当者が置かれ,タッグを組んで取り組むことになった。

製品安全設計に関しては,技術が中心になったが,これまでの安全に関する先輩を学ぶ機会があった。一つは,自動車業界のリコールなど事故に対応する考え方,もう一つは,航空機の安全に対する取り組みであった。品質問題で痛い経験は何度か経験したが,リコールのような問題まで発展した経験はなく,事故に対する処置,保険などについて詳細に教わった。人身事故に繋がる自動車事故は,安全をどれだけ重視しても防ぎ切れないものがあり,予測不可能な事故に対するリコール保険は必要不可欠なものであることも教わった。

また,航空機の事故も,その損害が膨大になる可能性があり,小さな事故を未然に防ぐ仕組みができていた。ヒヤリハットの小さな事故が重大事故に繋がらないようサービス(技術アドバイス)が徹底されていた。小さな事故に対する詳細な内容が,Service Bulletenと云う書類があり,緊急時は青紙で発行され,それを基に再発防止をする仕組みが出来上がっていた。これに到らない情報は,Service Letterで情報が届くようになっていた。

これらの情報を下に,対策をやるべきかどうかを各航空会社が判断するようになっていた(殆どが実施されている)。これ以外にも当時の運輸省が指示をするものもあり,費用負担は明らかな設計不良などはボーイング社などが持つが,その他は各航空会社が負担しているとのことで,20年間飛んでいる飛行機では,このService Bulletenが2800件にも及んでいることを知った。安全を重視した飛行機であるからこそ,事故は起きるリスクを前提にして,起きたときの指示を徹底していることがよく判った。

他の業界の知識を得たことは,業界として果たすべきことを整理するには誠に適切な機会だった。

  PL法に関する考え方

PL法に対しての考え方は,PLP(PL Prevention 予防)とPLD(PL Defence 防御)があり,部品によって,その対応方法を考えた。部品の使われ方は重要安全部品もあれば,どこにでも使われる可能性のある汎用部品がある。これを同じようなやり方でPLに対応しようとすると,膨大な費用を要し,現実的ではないため,全製品を製品安全分類で3段階に分類し,新製品開発過程における安全管理項目を列挙し,その管理方法を区分することにした。特に,重要安全部品は,PLP(予防)を徹底的に重点的に行い,汎用部品はPLD(防御)の方に重点を置くようにした。これは,自動車部品が安全分類されていることを参考にした。

技術としては,予防が重要であることは重々承知していても,使われ方如何で,発火などの危険性を伴うリスクは不可避であり,これを防御するためにコストを掛け,価値に合わない部品を提供するより,リーズナブルなコストで,問題の無いような使われ方を推奨し,万が一起こったときは,被害を最小限に抑える方法をとったのである。こうした,しっかりした考え方に基づく進め方を全社に徹底し,顧客にも理解を求めたのである。

ただ,前述したように,技術部門と法務部門の考え方にはギャップがあり,未然防止を重視する技術と,発生後の防御策を重視する法務とは対立する場面が多かった。特に,納入仕様書(個々の契約に相当するドキュメント)を巡る攻防は,今から思い出しても激しいものがあった。しかし,技術としては事故を未然に防止することを重視し,顧客の技術者にも協力を要請し,お互いに事故を最小限に止める方法を考えられる方法でやり遂げることを目指した。それは,事故が一旦起これば,被害者は設計者に及ぶことが予想され,同じ技術者として原因のなすり合いをするような場面は回避したかったのである。

このPL法に対応する仕事を通じて,製品安全に関する体系的な整理をする機会を得て,社内では第一人者に近い立場になることができた。これが,社内だけでなく,電子部品業界を通じて活躍することになったのである。

  全社展開の冊子を作成

手探り状態とはいえ,社内に徹底するには時間も要し,いち早く連絡することが不可欠であり,「PL法対応ガイドライン」なる冊子を早急に仕上げる作業に入った。その主な内容は,PL法と会社の位置付け,商品企画・設計における管理の仕組み,安全設計チェックリスト,安全技術・評価法の確立,技術文書の記載方法,製造での品質確保,外部との取引,発生事故対策,など,PL法に対する対応方法を分かり易く,約100ページに及ぶ冊子にまとめ上げた。

その中の半分以上を,私自身がこれまで蓄積した製品安全の知識を駆使して書き上げたもので,これまでの集大成でもあった。PL法がどんなものか,どのように対応すれば良いかがすべて書かれ,各事業部の製品安全責任者(技術部長が兼任)及び,指導者などに配布し,その内容の解説をし,PL法施行に向けた準備ができた。

どの企業も手探り状態だったようで,いろいろなケースにおいて,質問などが寄せられていたが,ガイドラインを参考に判断できるようになり,個別毎の問い合わせは少なくなっていった。また,顧客企業からの対応含め,このガイドラインに沿った対応をすることで,製品安全に対する考え方など含め,浸透して行ったようだった。その当時では,このような定義から解釈,そして対応策までのガイドラインを作り上げた企業は殆ど無かったと思われる。

このガイドラインは,電気製品を作っている部門からも注目され,これを参考に製品版を作られるようにもなり,PL法に対応する先鞭を付けた意義は大きいものがあった。

  業界でも活動

当時,EIAJ(日本電子機械工業会。現在はJEITA)の委員をしており,電子部品の技術部会でもPL法の対応が重要な話題となり,その中心となって「電子部品の安全ガイドライン」を作成したことは,既に詳細に述べている(製品安全2 No.008)ので,ここでは割愛するが,電子部品業界としてもPL法に対する先鞭を付け,電気製品を製造している企業の集まり(同じEIAJ)の中でも紹介し,協調して安全を守って行こうと呼びかけた。

  さいごに

現在も機能安全が叫ばれており,講習会なども開かれている。それ自体は企業として必要なこととして,資格を取得するなどは結構なことである。ただ,製品安全を重要視している技術者の一人として,苦言を呈したい。つまり,機能安全に対する考え方が,企業としてのリスクマネジメントの一環のように捉えられているフシがある。納入条件に定められており,資格を採る必要に迫られていることは頷ける。

しかし,本来の機能安全は,製品として本質的に安全なものであるべきで,ドキュメントの作成や管理の方法などHow-toを教える講習会はあっても,技術者に本質的な安全とは何かを教えるような講習会は少ない。つまり,PL法でのPLP(予防)とPLD(防御)の後者を取り扱っており,これでは本来の機能安全にはとても及ばないものになっている。リスクマネジメントそのものを否定する訳ではなく,企業として必要なことは,安全に対する予防であり,技術者がこれを怠ってはならない。

機能安全として技術者がいろいろな面で活躍されていることを私自身が知らないだけかも知れないが,繰り返しになるが,安全を守るのは技術者自身であり,技術者が不安を感じるような製品を世の中に出してはいけないのである。それも,部品側と機器側の設計者が安全に対して一致協力して築き上げることによって成し遂げられるものである。

製品安全に関する仕事を通じ,集大成ができあがった

安全は技術者自身の考え方に委ねられる部分が大きい

 

[Reported by H.Nishimura 2015.08.10]


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