■製品安全について 3(No.009)
製品安全の本来の目的は,企業側は使い方で予見される誤使用や製品のライフエンドなどを配慮して,安全な製品を世に送り出すことであり,一方消費者側も,製品の正しい使い方を心がけ,お互いに事故を未然防止することである。
ところが,事故が起こったときの責任を回避することを真っ先に優先する企業もないことはない。私の経験からすると,どちらかと云えば職業柄で,どちらの権力が強いかに依存しているように感じる。つまり,技術系が権限をもって安全を論じる場合は,如何にして未然に事故を防止するかに重点が置かれる。つまり,事故が起こってしまえば,裁判で勝っても,負けても事故が起こったことで,その製品は罰点を付けられてしまう。どんなに性能が優れている優良な製品でも,事故を起こしてしまえば売れなくなってしまうことはこれまでの経験上から判っている。だから,技術者としては,先ず絶対に事故を起こさない製品を目指す。
ところが,法務などリスクマネジメントが強くなると,事故が起こった後の責任回避を如何にすべきか,と云う点に論点が云ってしまう。役割として,リスク回避が重要なことは理解できるが,これが行き過ぎると,やっている本人たちは当然のことと気がつかないが,製品安全の観点で考えるととんでもないことが起こる。
これが経営者層まで行くともっと複雑になる。経営の判断はリスク回避である。安全を重視してある程度の負担を覚悟するか,不幸にも事故が発生したときのリスクを取るか,どちらのリスクを優先するかである。ところが,問題が二つある。一つは,本当の正しい情報が(良い情報も,悪い情報も公平に)届いているかと云うと,なかなか悪い情報が上に上がってこないのである。したがって,偏った情報で判断される可能性が高い。もう一つは,問題の先送り,自分が決断せずともいずれ誰かがするだろうと,結論の延ばすことがある。これは会社の風土・文化と云ったものにも大きく左右されるが,経営者の姿勢そのものが表れる。
サラリーマンである以上,経営トップの判断に逆らうことは容易なことではない。しかし,大きな事故の事例から見る限り,内部告発も多く,悪いことを社内だけで隠し通そうとすることはできなくなってきている。技術者としては,少なくとも技術的な観点から,本質的な安全確保ができているかどうかの判断は,他の人に委ねるのではなく,自分でやって欲しいし,その主張を堂々と述べるべきである。
実話1
その一つの事例は,PL法が施行された1995年のことである。大手電機メーカから一通の文書が通達された。それは,納入(承認)仕様書に,注意書きを一切記入しないことと云うものであった。通常,納入(承認)仕様書とは,部品を収める部品メーカが部品を収めるの当たって,部品の仕様などを決めたものを確認(承認)してもらうものである。この納入(承認)仕様書には,過去に起こった問題点などを予めセットの設計者に理解してもらって,品質問題などが起こらないように(もちろん安全に関する内容も含んでいる)注意喚起事項を明示して提出することになっている。ところが,部品メーカも千差万別で,カタログのようなものや,リスク回避目的と思われる文面をPLリスク回避として添付したりするケースもあり,その大手電機メーカでは,法務部長,技術管理部長の連名での通達であり,多くの部品メーカは部品を納入する前提として,納入仕様書を交わしておかなければならず,やむなくそれ(注意書きなしの仕様書提出)に従った。
大手電機メーカの言い分も判らないことはないが,これで本当に製品安全が確保できるかどうかと云えば,明らかにPLリスク回避であって,製品安全にはむしろ,注意事項を知らずにその大手電機メーカの設計者が間違った使い方をしないとは限らない。まして,新部品などは,そうした注意喚起の知識がないことが多い。前述した「電子部品の安全ガイドライン」の安全の基本的な考え方にもあるように,安全確保は両者の正しい情報共有が不可欠である。
製品安全の基本的な考え方を作ったものとして,会社の代表として一部品メーカの立場で,その大手電機メーカの技術管理部へ掛け合ったことがある。会っていただいたのは,技術管理部の課長クラスの人だった。設計者にとって,納入仕様書の注意事項は非常に重要で,品質確保(もちろん安全確保も)には,必要不可欠なものであることを強く訴えた。安全を未然に防止することを優先するか,不幸にして事故が発生したときの損害リスクの防止を優先するか,よく考えていただきたい,などを訴えた。相手も技術の方だったので技術者の気持ちはよく判っていた。ただ,残念ながら,会社の方針として決まったことを,一存で覆すことはできないとの回答であった。
製品安全に人一倍気になっていた者としては,「そちらの事情も判りました。しかし,製品安全の立場から,納入仕様書から注意書きを抜いて提出することはできません。正式には受け取れないのであれば,添付別紙として注意書きを一緒に納入させていただきます。裁判で言った言わないの論争の前に,製品安全は技術者の使命ですから。」と述べて帰った。社内ではこのことを議事録の形にして,その大手電機メーカには納入仕様書とは別に必ず注意書きを添付して収めるように全事業部に通達を出し,それに従わさせたことがある。その結果として注意書きが,その大手電機メーカでどのように扱われたかは知らない。それから10年も経ったが,その大手電機メーカは,部品の使い方の原因ではなかったが,大きな品質問題を起こし,新聞紙上を賑わし,会社を揺るがすようなことになったのはつい最近である。
実話2
もう一つの事例は,社内での話題である。これも数年以上前の話で,納入(承認)仕様書に関するものである。この仕様書の書き方,マニュアルが全社で作られていたが,見直す機会があり,後輩の数人の委員が検討していたときのことである。我々の時代は,こうした技術に関するマニュアルは,技術のベテランが,いろいろな経験知を集めて,マニュアルを作っており,技術中心の考え方が浸透していた。ところが,昨今ではリスクに対する認識が変わり,契約や交渉になると,必ず法務,リスクマネジメントなどが参加する。参加することは大いに結構なことであるが,こうした技術の仕様書に関してまで,リスクが全面に押し出されることがある。
とにかく,法務担当者は会社のリスク回避は最重要で,他社が起こすリスクには全くの無関心,自社でなかったらOKと云う人がいる。製品安全に関する注意事項の内容が,事故防御のためではなく,自己防御のために作られる。とにかく,自社が不利になることは一切ダメで,電機製品全体の安全は二の次と云うタイプが居る。実に役割に忠実なのである。技術のことがよく判っていないと云えばそれまでだが,なかなか法務の面々は厳しい局面に立たされる経験があるためか,自説を曲げない人が多い。ベテランで,過去製品安全に携わって居たからと云うことで,駆り出されたが,そのまま出なかったら,多分法務担当者の製品安全は二に次の意見が通っていたと考えるとゾッとする。
つまり,納入仕様書に書かれる注意事項は,技術者がその部品を使って設計するときに注意して欲しいこと,或いは過去の事例から見過ごされる可能性があることなど,製品の品質確保(もちろん安全も含まれる)をするためのものであって,それ以上でも,それ以下であってもいけないと思う。正しく告知することが,品質問題の発生を未然防止する。これは技術者同士の取り決めであり,約束事である。そうしておかないと,過剰に防衛した注意書きになると,本来注意すべきことが霞んでしまって正しく伝わらなかったり,或いは設計者の常識として手を抜いたものだと,新人など初めて設計する人にとって知らないことが発生する。品質問題の多くが,再発であることからしても,つい知らなかった問題(他の人は知っていることでも)が結構多いのである。納入仕様書の注意書きは技術者が責任を持って,記入する内容をチェックすべきである。
以上二つの事例は,製品安全に関する納入仕様書についてのものである。昨今は非常にリスクマネジメントに過敏な傾向にある。もちろん,会社を揺るがすようなリスクは絶対に避けなければならないことは言うまでもない。しかし,製品安全に関しては,多くの技術者が正しく理解して,世の中の事故を未然防止するのは自分たちであるとの自負を持って,他の権力に負けることなく,主張して欲しいものである。事故が起こってからは何とでも云う人が余りにも多いし,責任の多くは技術者に集中することが多い。未然防止が如何に難しいかは,歴史上の事故がそれを物語っている。しかし,技術者が製品安全の本質を貫き通して,実践すれば必ず事故は少なくなる。リスクを叫ぶ前に,是非,製品安全の本質を叫んで欲しい。
技術者よ,安全に関しては他の力に絶対に負けるな!! 信念を持て!!
安全は未然防止が最良策
[Reported by H.Nishimura 2007.03.29]
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