■転機 5 職場異動 その3 (No.433)
職場異動(その3)
製造経験を数年経て,再び技術へ戻ることになった。新しい開発技術センターができ,その一部に電装品開発のグループが発足,そこで新しいセンサの開発の責任者を担当することになった。そのときの詳細は新製品開発8(No.414),新製品開発9(No.415)で詳しく述べている。
少し繰り返しになるが,製造現場の経験を経た後での新製品開発は一味違ったものだった。技術として新しい技術などを採り入れた画期的なものでも,もの造りをする製造部門が作業が難しく歩留が悪いものや,工数が掛かりすぎて原価が上がってしまうようなものでは,製品として世の中に出す商品価値は落ちてしまう。むしろ,少し技術的には犠牲を払ってでも,歩留や工数が良く原価のバランスが採れている方が商品価値は上がり,顧客にも喜ばれる。そこには,技術者のプライド以上に顧客重視の見方が必要なことを,製造現場ではしみじみと味わっていた。
そこで,新製品開発で一番心掛けたのは,QCD(品質・コスト・日程)を厳守することだった。そのための手段としてPERT(Program Evaluation and Revie Technique)を徹底的に活用することにした。PERT手法は新しい手法ではなく,日程を確実に進めるため,如何にすれば日程が確実に遵守できるかを見える化したもので,特に重要な工程(クリティカルパス)がどこにあって,その日程を確実に進めることが,全体の日程を遵守できるものである。土木工事や建設作業など大掛かりな日程が掛かる作業には欠かせない手法である。
ただ,きっちりと計画を立てるには,全体像を把握し,各工程の作業量を的確に把握することが必須で,計画に時間を要するため,電子回路などの開発設計にはそれほど用いられていなかった。実際,周囲で,こうしたPERT手法を使った開発を知識として知っているリーダは結構居たが,実際使って開発を進めているグループは無かった。
しかし,QCDの重要性を経験した私にとっては,貴重なやり方の一つであり,10数人のメンバーにプロジェクトの内容(日程進捗状況,コストなど)を周知徹底するのに最も有効な手段だった。当時は,パソコンはあったが,パソコン上で日程を管理できるようなソフトは未だ無く,A2の方眼紙に,3カ月間程度の日程計画を立てることがリーダとしての私の最大の役割だった。まず,全体の日程を示すため,最上段には,大日程,即ち,ユーザの開発日程やDR(デザインレビュー)などのマイルストーンを置き,その下には,電子回路設計,機構設計,試作日程,実験計画などを各パートに分けて,担当者の名前入りで,分担計画を入れた。もちろん,詳細な各担当者の仕事は流石に3カ月先までも入れることが難しく,せいぜい1カ月先程度までしか入らなかった。
このA2のPERT図をメンバー全員に徹底するために,A2の方眼紙をA3にコピーで縮小して,毎週定例のミーティングの際に,先週1週間の実績を入れ,その反省を踏まえて向こう1カ月の予定を示した。約2時間程度のミーティングには,このPERT図を基に,何処にクリティカルパスがあって,その担当者は誰で,それらを踏まえて,各担当者の今後の役割を明確にし,指示をした。最初は計画を立てるのに時間を要したが,軌道に乗ると,それほど負担にはならず,むしろ,全員が開発進捗状況を理解し,助け合う部分も出てくるようになってきた。
即ち,PERT図を中心とした開発設計グループが出来上がり,私の指示待ちではなく,全体の中で自分の役割が明確になり,前向きな自主的な行動が生まれるようにもなってきた。日程計画だけでなく,原価目標(材料費,工数,設備投資など)もA2のPERT図の右上に掲載して,目標と現状での予測を入れた。これは,メンバーに原価的に目標との差額を見える化させ,どのようなアクションを採るべきか,私の指示だけでなく,メンバー自身の割り当てられた仕事の中で,考案することにも役立ててくれた。とにかく,このPERT図がメンバー全員の拠り所となった。
もちろん,上司への定例報告会も,このPERT図だけで,十分だった。上司にとっても,全体の開発状況がA2の図面1枚で手に取るように判り,的確な指示もしていただいた。また,PERT図をメンバーの実験室の片隅に張り出しておいたので,報告会だけでなく,日頃の巡視などでも見ることができ,各担当者への直接の指導もされるようになって行った。開発進捗状況が一目で分かる絶好のツールだった。
このPERT図を活用することで,所期の目標とするQCDを達成することが,随分手助けされた。総てが良いことずくめでは無い。クリティカルパスを担当する役割を担った者には重圧が掛かった。しかも,開発が日程通りに進むことは難しく,遅れが出ると,更に負担が増し,みんなの視線が集中することもあった。もちろん,リーダとしては負担の軽減を図るため,補助者を増員したり,他の仕事から振り分けたり,全体日程を見ながら毎週調整を行った。
ユーザーの日程もあったが,自動車メーカーの開発日程は一度決められたら大きく変わることは無いので,こちらの開発計画が日程に間に合うかどうかが最大のポイントであり,PERT図での進捗管理は大いに役立った。多少の遅れは出たものの,かなり確実な進捗で開発は進み,ユーザの要求に応えられ,量産化が目前となった。開発を開発技術センターと云う開発だけの部門で行っていたので,事業部門へ展開する必要性に迫られ,ここでもその展開計画をPERT図で作成し,事業部門と共同でプロジェクトを進めた。
事業部門とは距離も離れており,引継日程などの意思疎通はPERT図を活用した。私に製造部門を経験したことがあったので,相手側の思いが良く理解でき,それを基に進めたPERT図だったので,大きな混乱もなく,事業部門への引継も順調に進むことができた。
これほど素晴らしい機能を発揮するPERT図であるが,なかなか活用する人は少ない。結構地道な作業が伴い,且つ全体の環境の動きが激しすぎると,PERT図が陳腐化してしまうことがある。だから,大日程などの計画はしっかり作成するが,担当者までのPERT図を作る作業まではしないリーダが殆どである。ある意味,PERT図の活用の素晴らしさを体験できていないからかも知れない。向き不向きがあるのかも知れない。
今では,パソコン上で簡単に作成できるソフトも充実し,それを活用して開発進捗を管理しているところも多い。しかし,ソフトは充実しても使う側の技量が,効率を大きく左右するものであり,見たところでは,使いこなしているリーダはそれほど居ないように感じられる。ただ使っているだけ,管理ツールになっているので利用していると云うリーダも多い。私が,A2の方眼紙を使って見える化を図って,メンバー全員の意思疎通を図り,QCDの目標を実現したレベルには,程遠い感じがしてならない。
PERT手法と云う開発進捗管理について詳細に述べたが,製造現場から技術に戻り,物づくりの大切さを十分知った上での開発現場のあり方を見つめ直した期間であり,これが今なお技術経営(Management of Technology)を重視する基礎がこの期間に醸成されたと考えている。大きな転機の一つであった。
開発現場への復帰は一段上のレベルになっていた
[Reported by H.Nishimura 2015.07.13]
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