■新製品開発 9  (No.415)

ヨーレート(角速度)センサの開発について続き

 ★自動車メーカとの共同開発

共同開発とは大袈裟で,自動車メーカ側からは少しもそんな感覚は無いだろうと思われるが,こうした新しい技術の導入は,部品メーカと自動車メーカが一致協力し,信頼関係がなければ日の目を見ることはない。引き合いのあったM社,N社とも,我々の新しいセンサには非常に興味を示し,こちらの開発状況を見ながら,定期的に会合を持ってくれた。電装品特有の要求仕様など,懇切丁寧に説明してくれ,我々の開発をサポートしてくれた。

自動車の研究開発は密かに行われ,なかなか部外者が研究機関内に入ることは難しい。まして新車とあれば,形状など極秘中の極秘であった。しかし,我々のセンサの取り付け位置など実際の状況を知らしめるために,実験棟内に招き,黒い布で覆われた実験車を前に,実験結果の報告と共に,詳細な説明を受けることがあった。これまで,新しい部品の納入経験はあっても,ここまでの扱いは初めての経験だった。性能向上に掛ける意気込みがヒシヒシと伝わるものがあった。

そんな中で,我が社の強みだったものは,製品性能そのものもさることながら,自動車制御を熟知した説明や説得が大きくものを言った。なぜなら,我が社の技術の総指揮者は自動車メーカ出身で,車の制御設計を行い,部品メーカに指示命令をしていた経験者であり,自動車メーカとの打合せにおいても一目置かれ,自動車メーカの技術者にとっては,安心して任せられる人物だった。「他社のセンサの性能は十分だが,自動車のことが判っていないので安心できない」との一言がすべてを物語っていた。つまり,自動車の安心・安全は設計段階で大きく左右され,車両制御に精通していなければ,安全設計は難しいとのことである。

 ★量産化への歩み(歩留改善の苦労・工場展開)

自動車メーカとの開発と並行して,量産化するには,歩留改善が大きな課題だった。電装品仕様に構造的に堅牢なものにはできたが,民生品のときに苦しんだ歩留の向上は必須要件で,以前民生品を製造していた工場では,歩留まりの見通しが立っていないものを引き継ぐことはできないと拒否されてしまった。

角速度センサの構造は音叉型で,音叉の振動方向と直角に設置されたセラミックの圧電素子の起電力を感知するもの(コリオリの力)で,直角度が90度ピッタリならば,起電力は発生しないが,少しでも角度が狂うと起電力が発生し,ノイズ分として検出され,正常な起電力と分離することができない。機械精度を向上させようとし,いろいろな試みをするが,確実にノイズをほぼ0にすることがどうしてもできない。これが実現できない限り,歩留率が極端に落ちてしまい,民生品で味わった苦労の同じことを味わうことになる。電装品の納期の厳しさは民生品の比ではなく,このままでは製品化ができない状態に追い込まれてしまった。

時間は一刻一刻過ぎ,自動車メーカの開発スケジュールからも,採用をこちらから辞退するようなことは今後のことを考えるととても出来ない状況で,絶体絶命のピンチに追い込まれてしまった。開発仲間10数名と前述したPERT図の前で,もがき苦しんだ。機械技術に長けた人にもいろいろ相談したりしたが,解決策は見つからなかった。精度を確保する試作責任者からは,限界オーバーのような声も聞かれた。私自身,一緒に試作を試みたり,精度調整のチャレンジをしたり,現場に入り込んだが,到底優れた技術を持っている訳でもなく,悲力でしかなかった。

角度の狂いのノイズは,左右の角度の違いで,ノイズ成分が+−に出ていることから,どちらにずれているかは判明した。しかし,それを直そうと機械的に力を加えても,0に近づけることは一筋縄では行かなかった。データを睨み付けながら,+−の傾向によって,金属片のコーナーをやすりで少し擦ると微妙にその値が変化することに気づき,金属片のコーナーの位置で,変化の方向があることを発見した。これならば,ノイズの大きさで擦る回数を微妙に調整して,ほぼ0に近づけることが可能なことが判明した。試作責任者にその内容を説明,試みさせると,最初の角度のズレがある程度に収まっていれば,調整が可能であることが実証された。このことは当に,心底悩み抜けば,最後には「製品が答えを教えてくれる」ことを学んだ瞬間だった。これを工程の一部に組み込むことで一気に歩留が向上し,量産化の目処が立った。

もう一つ大きな問題があった。それは,自動車の振動によるノイズで,そもそも角速度を検知するセンサなので,振動が加わることは,少なくとも角速度も発生し,それがノイズ分になってしまうのである。振動対策は民生機器でもいろいろな振動吸収材が用いられている。ハードディスクなどでは,4隅をゴムの振動吸収材で取り付け,外部からの振動に耐えるように設計されている。この振動対策にも長い時間を要した。元々,振動対策の専門家など居ない中で,ゴムメーカに交渉し,如何にすれば振動が吸収できる構造にすべきか検討した。ゴムの形状もいろいろ提案してもらい,実車での実験を繰り返し繰り返し,改良に努めた。

 ★優秀な部下に支えられ,ついに製品化決定

当時のメンバーは,ユニークな者が多かった。

研究所の引継時点からずっと開発に携わっているT君。彼は,セラミック材料など材料に造詣が深い一方で,回路技術にも興味を示し,ちょっとした回路は自分で設計する。角速度センサのような材料技術と,回路技術の融合した商品にはうってつけの商品設計屋である。真からの技術者で,データも地道に積み重ねて検討するタイプである。後にオーム技術賞を受賞している。

カスタムIC化を検討したI君。彼は,入社したときから,IC設計の仕事をしている。当時,N社向けのタコメータを電装用の計器メーカへ全数納入していた。そのタコメータのカスタムIC化を一からIC部門に入り込んでやったことがある。したがって,IC化に向いた回路設計がどんなものかを良く理解しており,マスク設計もできる人物である。角速度センサにはこのカスタムIC化が,性能面でもコスト面でも大きく,量産化に並行して開発を進めていた。また,彼を継ぐ新人の教育にも当たってくれた。

一番苦労を掛けたのが機構設計のY君,U君である。機構屋独特の地道な仕事を商品設計者の要求を満たす仕事に当たってくれていた。構造設計の中で,最後に苦労した耐振動設計は,ゴムの特性,形状など,電子部品では経験できないものだったが,最後まで根を上げずやり遂げてくれた。

理論物理が得意と云うT君。途中入社で,理論をかざしたら一歩も引かないところがあった。コリオリの原理を,音叉の振動特性と合わせてシミュレーションをしたりするのが得意だった。先ず,当たりを付けて実験してみて確認するやり方が多い技術者の中で,先ず,理論的な裏付けがないと気が済まないタイプだった。現象面に流れそうになってしまうメンバーを,理論的にグッと引き締める適任者だった。

何事にも前向き,陽気で明るいT君。彼は,技術の専門家と云うより,コンダクターと云った方が良かった。みんなのやっていることを聞いて全体をまとめる資料などを作らせると速かった。一つのことにのめり込む技術者が多い中で,貴重な存在で,みんなで出したアイディアをまとめて特許にしたり,ユーザへ報告する資料のまとめは彼がやることが多かった。

こうした設計者に混じって,信頼性を一筋,電装品を良く知ったO君。彼は,設計者が試作したものを,信頼性面からチェックしてくれた。電装品は早い段階から,信頼性の確認が要求される。試作特有の問題か,設計の根本に関わる問題なのか,きっちりした評価を常にやってくれていた。

試作を担当してくれていたK班長。彼は身体は大きいのだが器用で,実に技術者のやりたいことを確実にやってくれ,しかも製造経験があるので,作り方の問題も予め提起してくれた。決められたことを着実にするタイプよりも,いろいろなアイディアを盛り込んで実証実験するにはうってつけの人物だった。

開発当初の主なメンバーは,上記のような個性派集団で,彼らを上手く操る仕事が私の役割だった。殆どのメンバーがみんなに迎合するよりも,自分のカラーを強く打ち出すタイプで,自分で思い込んだらその方向へどんどん自分勝手に進んでしまうようなタイプであった。彼らを,“打倒M社”を合言葉に一致団結して戦うようにすることだった。今,振り返って見ても,なかなかユニークな良いメンバーだった。毎年2人程度新入社員を入れて,開発パワーの増強を図って貰えた。入社早々,このプロジェクトの一員に組み込まれた若手メンバーが,次世代のリーダの育ってきている。

また,当時のトップの責任者であったN所長は辛抱強く,我々には止めるとは一言も云わずやらせてくれた。本来ならば,開発者を減らして他のプロジェクトへリソースをシフトしても良いくらい見通しが立たない時期もあった。そうしなかった判断の裏には,“何かキラリと光るもの”があったのであろう。今思い出しても,素晴らしい仲間・上司に支えられた開発プロジェクトだった。

そうしてようやく,随分苦労した振動問題をクリアして,角速度センサの電装品としての一号機はM社に採用された。昨今の製品とは比較にならない,とてつもなく大きなアルミのダイキャストに入ったものである。要求性能の中の,特に,耐振動特性と耐強電界を満足できるものとしてできあがったものである。

 ★成功した要因 

1.良い素性の商品(コア技術が他社優位性を持つ)
    材料プロセス技術+IC化技術 → 相乗効果を発揮した強い商品

部品メーカとしての特徴である材料プロセス技術,この材料の特性を十分把握して特性を活かしながら,回路技術とのマッチングを上手く図り,しかもカスタムIC化する技術を有していたため,最適なICを創り出すことができ,他社と大きく差別化ができた。

2.顧客ニーズに的確な対応 → 顧客に安心感を与える
    当時の技術総責任者(自動車メーカ出身)の存在

自動車メーカの思いをよく知り,部品メーカ独自の技術を売り込み,電装品としての安心感を与え,M社の攻勢を全く寄せ付けさせず,次々と自動車メーカへの採用拡大につながった。電装品屋は電装品を判った人が作る商品が最も信頼を得る。

3.技術者の執念(絶対に成功させる強い意思とじっくり育てる)
    早い時期から脚光を浴びせない
    (過去の部品メーカのやり方では,少しでも良いものと判れば,寄って集って商品をダメにする)

4.電装品工場としての物づくり
    厳しい電装品品質を乗り越える物づくり

電装品工場として物づくりを徹底する風土・文化が業界に認められた。今日の業容拡大は工場の風土・文化に支えられて成り立っている。選択肢の一つとしてあった従来の工場ではここまで大きく育てられたかどうかは不明である。

5.時流に上手く乗る先見力(?)
    ナビゲーションがこれだけ伸びると予想しなかったことが起こったのでは?

元々の開発志向が4WSなど車両制御で,ナビゲーション向けにはいろいろな性能課題があった。開発当時の予測では日本でこれだけナビゲーションが普及するものではなかった。市場要望の変化を巧みに読み取り,ナビゲーション用に仕上げた俊敏な対応力が成功に導いた。さらに,次世代に対応するものとして,水晶化,MEMS化とアドバンスしたものを開発していった功績も大きいものがある。

 ★その後の展開 

量産化直前に,私自身は違う仕事に異動してしまったが,後輩のメンバー達が製品を大きく育て上げてくれた。最初はABS制御用として採用されたセンサも,時間ドリフトなどの改善の目処が立った段階で新たなステージへ展開して行った。それは,当初では想定もできなかったナビゲーション用のセンサとしての展開だった。

今では,乗用車にナビゲーションが取り付けられているのは当たり前になってしまっているが,当時は,こんなに普及するとは誰も予想していなかった。運転者の要求ニーズ(どちらかと云えば,Wantに近い)と技術シーズに当たるセンサの性能改善に伴う低価格化の実現とが上手くタイミング的にマッチした実例である。こうして,角速度センサとして,グローバルシェアとしてもかなりの高率を占め,一大事業となったのである。

良い技術と技術者の執念は必ず実を結ぶ

市場ニーズと技術シーズとの融合は,思わぬ展開もあり得る

 

[Reported by H.Nishimura 2015.03.09]


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