■本質を究める 29 (No.377)

物事をじっくり見極め,その本質を知ることは大切なことである。しかし,なかなか難しいことである。あの人の洞察力はすごい,などと普段から何気なく使っている。

  洞察力とは?

辞書では,「洞察」とは,物事を観察して,その本質や,奥底にあるものを見抜くこと。見通すこと。同義語として,「慧眼」があり,精神を集中させて物事の本質を見極める能力のこと,とある。「集中力」や「眼力」,或いは「看破する力」なども,同じような意味で使われることがある。

一般的に洞察力があることは,物事の本質を捉える力があり,誰しもが備えておきたいと思う能力の一つである。仕事上でも計画を立てたり,決断をしたりするとき,洞察力が必要とされる場面が幾度となくある。要は物事の枝葉ではなく根幹的なところを見抜くことで正しい方向性を見出すことができるのである。仕事上で物事がスムーズに運ぶことは,洞察力が十分備わっている証拠でもある。

物事の本質を捉まえる場合,冷静に物事を見て,論理的且つ熟慮して,枝葉を取り除いて芯にあるものを見抜こうとする。また,いろいろな角度から物事を見て,真の姿を捉えようと努める。こうした「思考力」や「観察力」も物事を正しく見る場合に必要とされるが,「洞察力」とは少し意味合いが違う。「洞察力」はじっくり,論理的に考えると云うより,直観的に物事を見抜くような力で,所謂右脳で感じることを指す場合が多い。

  洞察力を養うには?

右脳の直観的な感覚と云うと,天才のように持って産まれた力のようだが,決してそれだけでは無い。確かに世の中には,一を知って十を知るような天才肌の人もいる。当然,洞察力には優れた人であるが,こうした人は希であって,通常一般的に洞察力のある人は,物事を見る目が違っている。知識や経験が豊かで物事を深く見抜く力が備わっている。ある程度の年齢を重ねる必要があるようである。

洞察力はどのようにすれば備わってくるのか?天才で無い限り,弛まぬ努力が必要で,ただ漫然と過ごしているようでは養われない。先ずはある程度の知識が必要で,何事からも学ぶ姿勢が欠かせない。物知りになれば良いと云うのではない。基礎的なある程度の知識を身に付けたら,物事を素直に見ることである。素直に見るのは容易ではない。知らず知らずの内に自分の見たいものを主観的に見てしまう。客観視できないのである。

経験的なことから,そうなる筈だとか,この傾向が続く筈だとか,自分の主観を入れた見方をする場合が多い。通常,それが自然であり,何ら支障はない。予想が外れたら,見方が甘かったのだと反省する。その繰り返しである。或いはルールや規則があれば,深く考えることなく従順にそれらに従う。起こった現象や症状をそのまま追認し,喜怒哀楽もあり,十分満足な為すがままの生活である。しかし,これでは物事を見抜く力は付かない。

物事の本質を探ろうとすれば,表面に出ている現象や症状を追っかけるのではなく,それらがどのようにして起こったのかと原因を探ったり,なぜそのような現象になったのかと疑問を抱いたり,或いは文献を調べたり,経験者に学んだりと深く掘り下げることが必要である。要は好奇心を持って物事を見つめることである。そうすれば表面的な現象の中に,隠された真の姿を見出すこともある。或いは,現象で飾られた枝葉を取り除くと,幹の部分が見えてくることもある。

一方で,深く観察する力を養うことも重要なことである。見えるものを小さく顕微鏡で見るように分析して細かく観察したり,逆に鳥になって空から鳥瞰的な見方で,全体の中の一部分であることを認めたりすることも必要である。観察力と洞察力との違いは,見えるものと見えないものを各々詳しく見抜くことであって,互いに補完し合うものである。だから観察力を身に付けることは,洞察力を養う一部になる。

また,主観的な一方向からだけで物事を見るのではなく,物事をいろいろな角度から見るように訓練すると,多角的な,或いは複眼視的な見方に慣れ,物事を客観視した視点で捉えることができるようになる。そのようになると,世の中の見方が変わり,廻りの世界が変わってくる。物事の単純,複雑に拘わらず本質の部分に迫ろうとするようになってくる。それが十分考えてからでなく,直観的にできてくる。

そんな苦しい生き方はしたくない,と云う方もいるだろうが,洞察力のある人は決して苦しいとは思っていない。そうした見方が努力した結果,身に備わってきて自然の振る舞いの中にできるようになってしまっているのである。だから,益々その洞察力が磨かれるのである。

  判断・行動するときに必要な情報

洞察力があれば,物事の本質を的確に捉えることが容易になり,他の人には見えないものが見えるようになってくる。したがって,判断しなければならないとき,或いは行動するときの有効な情報源になることは間違いない。だから判断力や行動力のある人は,洞察力に優れていて,見かけ上の現象や症状に惑わされることが少ない場合が多い。

じっくり考え,論理的に正しい方向に向かおうと努力することは誰しもが考えることである。それよりも洞察力に優れている人は,直観的に物事の本質を見抜き素早く判断・行動に移す。このスピードの差がものを云う場合がよくある。

客観視して物事の本質を見抜く大切さを述べてきたが,真に素早く行動するには主観的な見方も重要な要素になる。洞察力が一番活かされるのは客観視できる目を以て判断し,自分の意志で以て行動で示すことに外ならない。

若い人は物事を素直に見,複眼視できるようになろう

 

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[Reported by H.Nishimura 2014.06.16]


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