■本質を究める 15 (No.313)
何事にもバランス感覚が必要である。バランスと云えば,身体の平衡感覚を思い起こすが,身体にとって大切な感覚であるが,それと同じように,思考・行動などの感覚にも,バランス感覚は非常に大切なことである。
品質第一とは
企業活動において,よく耳にする言葉で「品質第一」と云うのがある。QCD(品質・コスト・納期)を重要視する中で,品質第一を優先すると云ったものである。社内の看板に「品質第一」と書かれたものを見た人も多いだろう。それほど,品質が重要なのである。裏を返せば,品質第一になっていない,つまり品質が良くないことの裏返しとも取れる。
品質を重視することは企業にとって重要なことであり,社員にその意識を徹底させることは必要なことである。しかし,物づくりにおいては,Q(品質),C(コスト),D(納期)の三つのバランスが取れていることが大切で,どれか一つだけが重要と云うことはあり得ない。つまり,品質だけを重要視して,後の二つを無視するようなことはあってはならない。そのようなことをすれば,企業としての存続が危ぶまれることになってしまう。コスト及び納期を遵守しながら,品質を重要視することなのである。
バランスとは,必ずしも全てが均等と云う意味ではない。多少の軽重はあってもよいが,三つのバランスが取れていて,はじめて良い製品だと云えるのである。こうしたバランス感覚を持った見方ができない人が中には居る。
過去の事例から
今から10年ほど前の話である。電機メーカで30年近く自動車業界の仕事に携わっていた。自動車業界の品質要求は厳しく,通常一般の電子部品の品質とは一段上のレベルが常に求められていた。電気製品とは違い,人命に関わる製品(電装品)も多く,安全に対する基準は厳しいものだった。
あるとき,電子部品の品質問題が多く発生していたことから,一段厳しい要求が突きつけられた。そこで,品質部門が中心となって,意識改革を進めようと考え,全社方針として品質第一を目指したガイドラインを決めた。それが,QCD(品質・コスト・納期)の中で,品質をトップにして,コスト,納期をそれに従属させた図(下図)である。確かに,自動車メーカとしての要求が,品質を第一に,コスト・納期を従属させた概念なのかも知れないが,果たして部品メーカとして,そのまま自社のガイドラインに入れることに疑問を感じた。
上図から,我が社が自動車メーカの下請けに成り下がってしまったような感覚だった。それは,これまでいろいろな自動車メーカと仕事をしてきた経験を持つ私にとっては,受け容れがたいことだった。自動車メーカ(物を購入する側としては)の要求そのものは,物の出来映え(Q:品質)がすべてである。部品側でどれだけコスト(C)が掛かろうが,開発日程のどれだけ掛かろうが関係なく,価格(コストではない)が高ければ買わない,開発日程が守らなければ買わないだけである。部品メーカに提示する内容は上図でも当たり前である。しかし,部品メーカとして,ガイドライン(遵守すべき事項)として,このような概念図を入れることが,本当に正しいことなのか?
すっきりしないある日,睡眠中にハッと気がついた。やはりおかしい。これは部品メーカの行動指針として,普遍的なものではないのではないか。自分の経験も含め,自動車メーカが求めている品質第一と云われているのは,Q,C,Dのバランスの中で,Qの判断が,絶対的でなく,C,Dに左右されて,相対的な判断で,結果として,Q品質の絶対値が下がってしまう判断がなされるからではないか?品質を重視する余り,どれだけ金を掛けて良いなどはあり得なく,また日程もどれだけ掛かっても良いなどありえない。それは自動車メーカが他よりも,C:価格もD:納期も厳しいことを見れば自明である。
例えば,部品メーカの自律した考え方として,それはQ,C,Dバランスの中で,Qだけは絶対的に譲れない一線がある。この方が,我々が行動指針にするにも合っているし,普遍的な考え方ではないか,と気がついた。自動車メーカが期待していることは,下請け的な何でも云うことを聞く部品メーカではない。むしろ,しっかりした考えの基で,品質第一を目指しているパートナーであり,お互いがwin-winの関係で結ばれていることである。そうした意図もあって,従来のQCDのバランスはそのままで,品質水準として次のように考える,とした。
品質第一で,Q,C,Dがバランスの採れていること。但し,QはC,Dによって絶対的なレベルを下げてはならない。(下図)
結果は,品質部門が既にガイドラインとして,品質部門のトップの承認も得ていたので覆ることはなかったが,今でも私の考え方の方が自動車業界との長い付き合いを考えれば,ベターだったと思っている。バランス感覚を持って,全体を見極めることは重要なことで,強者にへつらったり,言われたとおりにすることでは,本当に世の中のためにならないことがある。
過去の事例から学ぶこと
社会人はどこかの企業のある部署に帰属している。その帰属意識は日本人は結構高い。したがって,その帰属した部門の目で物事を見る習慣が自然と備わってくる。これは決して悪いことではないが,物事はもう少し広い視野で見ること,企業全体や業界全体から見るとどうなのかと考えることが必要である。
それは一種のバランス感覚ではないだろうか。多種多様な経験を積んだ人は,そうしたバランス感覚に優れている。一つの部署に止まっている居る人は,その殻を破った見方がなかなか難しい。一つのことに集中することも大切なことではあるが,バランス感覚を狂わすようになってはいけない。部署を変わることが難しい場合もあるが,そういった人はいろいろな人の意見に耳を傾け,常に大きな視野から物事を見る努力をすれば,自ずとバランス感覚は付いてくると思う。
[Reported by H.Nishimura 2013.03.18]
Copyright (C)2013 Hitoshi Nishimura