■もしドラ 開発リーダ編 10 〜 おまけ2 : なでしこJAPAN 澤主将 〜 (No.231)

なでしこJAPANの偉業を「もしドラ 開発リーダ編」に繋げる第二弾の人物は,やはり澤主将だろう。15歳から全日本に入り,今では日本の女子サッカーのリーダとして,チームを引っぱり世界一にまで上り詰める努力をとことんやり遂げた功績で,「もしドラ」の題材としては,小説でなく現実の世界で為し得たことが大きい。

 ●人物像

テレビなどマスメディアで随分紹介されているので,敢えて説明は不要かと思われるが,15歳から代表選手に入り,現在32歳の18年間代表入りでオリンピックに3回,ワールドカップに5回出場し,日本代表としての得点が,かの有名な釜本選手(男子)を抜いて80ゴールになっている。

詳細な活躍振りなどはhttp://www.jump.co.jp/bs-i/chojin/archive/100.htmlを参照。

 ●頂点に立ちたい執念

世界一になった勝因はいろいろ挙げられるだろうが,戦略面,技術面,心理面,そして運を引き寄せる力など。しかし,最後の後押しした勝因は,決して諦めない,頂点に立ちたい執念が,どこのチームよりも強かったことだろう。その中でも,澤選手は15歳から,度重なる世界一を目指す試合で,これまで幾度となくはね返され続けてきた。いつの大会でも今回こそは,と望みながらも,北京オリンピックでメダルを取り損ねている。これもアメリカの大きな壁だった。

今回のワールドカップも日本中で,試合前から金メダルを予測していた人は殆どいない。出国時の送迎の様子からも伺える。もちろん,澤選手だけでなく,佐々木監督初め,メンバー全員が金メダルを目指して頑張っていた。メダルを何とか獲りたいと思っていた選手は多かったかもしれないが,金メダルで世界一になろうと考えていたのは実際どれだけいただろう。著書では,世界一になろうと宣言している佐々木監督でさえ,そう簡単にメダルは難しいと考えていたようである。

ただ,澤選手は何とか金メダルを獲りたいと密かに狙っていた。北京オリンピックでメダルを逃した悔しさを一番肌で感じていたに違いない。一次リーグでの決勝トーナメント進出までは確実に絵が描けても,決勝トーナメントにおいて,欧米の強豪チームを如何にして倒せるかが問題である。そうした意味で,一次リーグのイングランド戦の敗戦は,決勝トーナメントの戦い方を修正することになった良い教訓であったに違いない。完全なアウエィーでのドイツ戦を互角に戦い,延長戦で破ったことが大いなる自信になったのは,澤選手初めとしたメンバー全員であり,ここからなでしこの快進撃が始まった。その基点はやはり,澤選手の「何としても頂点に立ちたい」との強い願望であったと思われる。

 ●なでしこJAPAN の澤選手

テレビ放送で佐々木監督の発言だが,澤選手の実力は,体力に勝るアメリカのチームに入っていると,ごく平凡なプレヤーでそれほど優れているとは言えない。ところが,なでしこJAPANのメンバーとなると,ガラッと人が変わる。つまり,自分がリーダとしての自覚も大きいと思われるが,彼女のプレーが冴えわたるのである。得点王になったことからも判るように,研ぎ澄まされたように得点に絡むポジションに必ず居る。もちろん,チームメートが彼女にパスをするからでもあるが,力以上のものを発揮する。

決勝戦の延長戦後半,残り4分での,コーナーキックをダイレクトにボレーでアウトサイドに蹴り,ゴールした技術などが当にそれである。宮間選手とニアサイドが得意だからと会話を交わし,一瞬のスキを相手ディフェンダーより先に蹴り出したシーンは,いつまでの語られることだろう。

佐々木監督との絶妙の呼吸もある。優勝して感激余って,佐々木監督に飛び上がって抱きついた場面,当に親子以上である。監督といえども,感激で肩を寄せ合うシーンはあるが,あのように大胆に飛びついて抱き合うシーンは未だ見たことがない。余程の信頼関係があったその現れだろう。

PK戦で澤選手が出てこないので,私などてっきり5番目に残しておいて,最後の勝敗を分ける場面に残してあったとおもっていたが,これも佐々木監督がエピソードとして語られていたが,PK戦で円陣を組んだとき,澤選手が自分を一番最後(10番目)にして欲しいと言ったそうで,佐々木監督も,「澤は得点を挙げたので,最後でも良いだろう」と,みんなを笑顔の中で和ましたそうである。

 ●リーダシップ

世界4位となった北京五輪の際,宮間は「苦しい時は私の背中を見なさい」と澤に声をかけられ,最後の1秒まで澤の背中を見て走ったという。確かに,誰もが語るように,ピッチに立つと,澤選手は一時も気を緩めず,ボールを追いかけて行く姿があるようで,なかなかあそこまで通常の選手ではできないようである。それを平然としてやってのけ,後輩達を自然な姿で鼓舞激励している。リーダとして率先垂範していると云った表現では言い尽くせないようである。

「苦しいときは私の背中を見なさい」とは,自信が余程あってもなかなか言えないものである。それを何気なくゲーム中に言えるのは,明らかに格段の違いがあるからであり,かといって偉そうにしている訳ではなく,自身は人一倍ひたすらボールを最後まで諦めず追っかけるだけで,それがして相手のミスを誘い出し,チャンスが巡ってくるのである。だから,あれだけ得点に絡むことができるのである。

よく親の背中を見て子供は育つなどと言われる。つまり,知らず知らずのうちに,親の行動を見よう見まねで覚え,成長していく様を言ったものである。これは,いろいろ口で注意したり,指導したりする以上に,自然の行動の中に,その存在の大きさを知り,学ぶことがいろいろあるからで,見よう見まねをしているうちに自分自身が成長しているのである。当に,今大会でも,澤選手の存在が大きかったことは事実だが,佐々木監督も言っているように,他の選手が大きく成長して,澤選手が居なくても同じような働きができるようになったことが大きかった,と。つまり,誰もが澤選手のようになりたい,と思っていることの表れでもある。

普段のチームでの状況など詳細な面は全く判らないので想像でしかないが,佐々木監督が戦略面などいろいろ考えて指示する内容を澤選手が主将という立場からも,実務面でのリーダとして,選手全員を掌握していることはよく判る。メンバーの殆どが年齢も,経験も数段上で(山郷選手が36歳と年長),司令塔として活躍していることも明らかである。その司令塔が,本当によく機能しているのである。そこには,「マネジメント」などと言う言葉は一切出てこない。が,実に見事にマネジメントしているのである。多分,ドラッカーの「マネジメント」など読んだことはないと思う。リーダシップの書物も,それほど読んでいる訳ではないと思う。しかし,それでもできるのである。

 ●冷静な分析力

これもテレビ放送での澤選手のコメントである。質問は何だったか忘れたが,多分日本のパス回しの素晴らしさか,何かの質問だったと思う。澤選手が答えたのは,「アメリカ修行に行って初めて判ったことだが,身体能力で優れるアメリカの選手でも,基本のパス回しが5回と続かないのですよ」と。

要するに個人技で優る欧米各国の選手はそれに頼った試合を目指し,サッカーの基本であるパス回しなどが疎かにされているようである。アメリカで一緒にプレーして,肌で感じた澤選手は,このことが欧米チームの弱点であると分析していたようである。つまり,優れた個人技の持ち主のチームに,同じ個人技で対抗してもやはり限界があり,追い越すことはとても困難とみた澤選手は,チームでやるサッカー,つまりパス回しを基本として,個人技を切り崩していく技を磨くことによって対抗しようとしたのである。

アメリカ戦でも見られたように,得点された2点はどちらかと云えば個人技の優秀さである。1点目の後半からの途中出場のモーガン選手のスピードである。ロングボールに素早く反応し,日本のディフェンスを軽々と追い越すスピードで,ロングシュートを決められたし,延長での2点目は,左サイドからのクロスを背の高いワンバックが中央で待ち構えてヘディングシュートを決めた。いずれも日本選手との身体能力の差であった。しかし,これもテレビ放送で,試合後のワンバック選手の発言だが,日本チームのあきらめない粘り強さ,一致団結したチームワークの良さには参った,と。

先制されても負ける気がしなかったと各選手が言うように,澤選手を初めとして,むしろ最後の方は澤選手よりも,他の若い選手達が,諦めない気持ちからくる冷静な判断ができるように成長していたようである。もちろん,運の良さも大いにあるが,どうすればアメリカに勝てるか,それを考え抜き,戦略を考え,それを訓練で磨き,実践で実行するまでに仕上げた日本チームの素晴らしさである。

 ●くじけない精神力

「もしドラ」は小説なので,しかも,ドラッカーの言いたい部分を詰め込まないといけないので,意外とすんなり甲子園の切符を手にしたとの印象が私にはある。あのように簡単に成し遂げられることは実際には少ない。もちろん,みなみの努力で,選手を奮い立たせ,意識改革があってこそ,実現できたことではあるが・・・。

そのような「もしドラ」に対して,澤選手の場合,18年間掛かってようやく念願の世界一になった。その間の苦労は,言い尽くせないほどであり,それにもめげず,殆どの選手が世界一の夢を為し得ず(どれほど実際に居たのかは判らないが),去って行っている。最後までボールを追っかける執念は,選手として世界一になるまではと今日まで続けている姿とダブって見える。

ドラッカーはマネジメントの中で,いろいろなエキスの部分を判りやすく説明している。それを理解しているのと理解していないのでは雲泥の差がある。しかし,理解したからとて簡単に為し得ることはできないのが実態である。その難しさが「もしドラ」ではなかなか表現されていないように感じており,特に,今回の澤選手の生き様を拝見していると,どんなことがあってもくじけない精神力のようなものが伴っていないと,実際には書物にあるようなことは実現されないのである。

 ●その他

今回は代表して澤選手を取り上げたが,他の選手は今回の大会を通じて初めて名前を知った選手ばかりである。しかし,次世代を担うと思われる冷静な判断力を持つ宮間選手,運動量で優り得点王にもなっているINAC神戸でキャプテンをしている川澄選手,切れ味鋭いドリブルの大野選手と挙げれば頼もしい選手が育ってきている。来年のロンドンでのオリンピックで金メダルを目指す意気込みは大いに讃えられるが,今度は追われる立場,日本のパス回しも十分研究され,対応されることが予想され,今回の無欲での戦いとは違ったものとなり,厳しいものと思っている。ただ,この日本を元気づけた活躍を一瞬の歓びで終わらさないで欲しい。

(続く)

「なでしこJAPAN」の澤選手のような最後まで諦めない執念を!!

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[Reported by H.Nishimura 2011.08.01]


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