■もしドラ 開発リーダ編 9 〜 おまけ1 : なでしこJAPAN 佐々木監督 〜 (No.230)
なでしこJAPANの偉業を「もしドラ 開発リーダ編」に繋げてみよう。それに登場させる人物は,やはり佐々木監督だろう。日本の女子サッカーの監督として,チーム一丸とさせここまでチームワーク良く,強い精神力を鍛えた功績は大きなものがある。それは,小説の「もしドラ」の女子マネジャみなみが甲子園を目指したこと以上のものを実際にやり遂げたことである。
●人物像(毎日新聞 ひと より借用)
その瞬間,ピッチに向かって仁王立ちしたまま動かなかった。選手に促され照れくさそうに歓喜の輪に加わる。「小さな娘たちが粘り強くやってくれた」と選手をたたえた。
選手を信頼し,伸び伸びと力を発揮できる雰囲気を作る。自身は社会人リーグでの選手,監督の経験があったが,女子の指導は初めて。不安をぬぐい去ったのは,長女・千尋さんの言葉だった。「パパなら500%大丈夫だよ」。サッカーをしていた千尋さんのプレーに口出しをせず,自分の友人ともすぐ仲良くなる父親の姿を見ていたからだ。
06年に代表コーチ,07年末から監督に。周囲は笑顔にあふれ,親子ほど年の離れた選手から「ノリさん」と呼ばれるほど選手との距離が近いが,単なる仲良しではない。代表スタッフの一人は「選手を常にリスペクト(尊敬)している」と言う。
高校サッカーをしていたころ,同じ中盤のポジションを務めていたある選手は,「佐々木先輩」から「安心してお前は攻撃に専念しろ」と言われた。「温かく声を掛けてくれた。殴るけるが当たり前の時代に珍しかった」。今大会の準決勝。主将の澤穂希選手のミスパスから失点した際,「澤のミスではなく,相手選手の予測が研ぎ澄まされていた」と話した。
頂点に立っても涙はなかった。決勝前にはこう話していた。「僕は泣かないと思いますよ。なでしこの日ごろの強さを見ているから」
●準備1:ノリさんと呼ばれる親しさ
ここまでの偉業を成し遂げるには,一日にしてできるものでもなく,運も味方したことは事実だろうが,運だけでここまでこれた訳ではない。ここに到るまでの準備が周到だったのではと考え,その事例を見つけてみた。監督を「ノリさん」と呼べる間柄であることに先ず象徴される一面を見る。
@選手への心配り
代表のコーチ時代から,選手の面倒見はとても良かったと聞く。いくつかのエピソードを拾って見ると,遠征先で飛行機が雪のため止まり,空港で寝泊まりする羽目になると,体が冷えないようにとブランケットを飛行機から集めて,選手たちに配る気配りの人でもあった,とか。何気ないことではあるが,選手の身になって考えてくれる人が指導者であることは,大きな支えなのである。
テレビ放送でも何度か言われていたが,ピッチに立った選手以上に控えになった選手の様子をきっちりと観察し,選手全員のモチベーションが下がらないように気を配っていたとのこと。つまり,先発メンバーに選ばれた選手よりも,選ばれなかった選手の方がモチベーションの維持が難しい。なぜ,自分が選ばれなかったのか,特に女性同士では嫉妬も強い。そうした気持ちを察しての監督の気配りがチーム一丸とさせ,控え選手でも,先発に選ばれたり,或いは交代でピッチに立ったとき,監督の期待に応える働きができたのだろう。
A選手の監督への信頼
澤選手が得点王になったが,一次リーグからの試合での得点経過を見ると,いろいろな選手が活躍し得点している。それも常時,ずっと出続けている選手ではなく,その代表格がスエーデン戦の川澄選手である。初めての先発でありながら,先取点を奪われた後の同点ゴールと勝利を決定づけるきれいなロングシュートの2得点を挙げている。日頃から監督を信頼し,出番が回ってきたときには期待に応えたいとの思いがそうさせたのではないか。
●準備2:戦略の立て方・イノベーション
世界と戦うために,戦略面で大きな変更をしている。その一番大きなポイントは,今までミッドフィルダーとしてトップ下(FWのすぐうしろ)にいた澤選手を,ボランチ(中盤下がり目で守備をしながらボールを支配し,攻撃に繋げる役割)にポジションの変更をさせている。これは,佐々木監督としては,「澤のよさはボールを奪う力が高いこと。奪った時が物凄いチャンスになる。澤みたいな選手がボランチにいればチームは安定する」と考え,この起用法を押し切って、東アジア選手権で優勝してしまっている。
なでしこジャパンがその後、北京五輪でベスト4入りし、2010年アジア大会で優勝。そして今回の女子ワールドカップ(ドイツ)での優勝と着実に階段を駆け上がったのも、この大胆さがかなり大きい,とされている。佐々木監督の選手起用はその後も斬新である。阪口の抜擢に始まって、DFに若い熊谷紗希(決勝戦ではアメリカのワンバックをワンツーマンで押さえた20歳)を据えたり、2009年U-19女子アジア選手権(中国)でMVPを受賞した19歳の岩渕真奈(日テレ)を積極起用するなど、若手登用には非常に熱心である。
常に高い目標を決め,それを達成するための戦略を考える。それも並みの人が考えも及ばない大胆な戦略,即ち,イノベーションを常に行ってきている。それは,高い目標を達成するための重要成功要因(Key Factor for Success)を見つけ出して,見事に実践しているところにある。
●実践:ワールドカップでの偉業
@選手起用の的中
ドイツ戦で後半から,前線で身体を張って勝負するタイプのFW永里選手に代わり,相手の裏を付く,或いは縦への突破力のあるFWの丸山選手を起用。これがずばり当たった。押され気味で試合を続けていた日本にもチャンスが訪れるように変わってきた。0−0で延長戦に突入,延長戦も後半となり,澤からの絶妙のパスをディフェンスラインの裏を付いてボールを受け,丸山選手が右サイドの角度のないところからシュート,キーパーの逆をつき,ここしかないと云うゴールネットを揺らした。後日談になるが,GKの山郷選手がキーパー心理として教えてくれた最善のシュートコースだったそうである。
そしてもう一人,スウェーデン戦の川澄選手の先発起用も思い切った決断だった。彼女は日本女子サッカーリーグでも現在得点王になっている(大野選手と同じ6得点を挙げている)そうで,伸び盛りで非常に切れがあるようである。ここでもFWの永里選手に代わって,スピードと運動量豊富な点を認めての判断で,これまでの途中出場でのチャンスメークなどの活躍に期待したようである。監督も後で語っていたが,2得点も挙げるなどとは思ってもみなかったようである。しかし,ものの見事に同点のゴール。テレビで何度見ても,相手の大きなディフェンダーにつぶされそうな形で押し込んだゴールである。そしてそれよりも見事だったのは,3点目のロングシュート。ゴールキーパーが前に出てはじき返したこぼれ球を,冷静にキーパーの位置を確認して遠い位置からのキーパーの頭を余裕をもって越すループシュートは実に見応えのあるきれいなシュートだった。
他にもあるが,佐々木監督の独特の采配力の真骨頂がこの大舞台で遺憾なく発揮された場面である。
Aイングランド戦から学ぶ
今回のワールドカップで,佐々木監督自らも「ロジックが狂った」と発言されていたイングランド戦での敗戦である。決勝トーナメントへの出場権を得て,リーグ1位通過を狙う戦いである。2位になれば別のリーグの1位チームと対戦することになり,苦戦が強いられるので,当然1位通過を狙っていて,勝つか引き分けで良かった試合だった。
イングランドはドイツ,スエーデンなどの強豪よりは少し力は落ち,FIFAランキングが10位であるが,楽な相手で無いことは予想された。フィジカル面で優位に立つイングランドは,日本の戦法を良く研究し,パス回しから崩す戦法をさせない動きをとり,奪い取ったボールをフィジカル面を活かしたロングボールで攻撃するパターンを多用する作戦で,日本が苦手とする戦法で,これに完全にやられてしまい,日本のサッカーができない0−2の完敗だった。
この敗戦が,準々決勝から決勝に到るフィジカル面で優る強豪に対する戦略・戦術面に活かされることになる。佐々木監督の言葉では,1位通過で決勝ラウンドへ進むことを描いていたロジックが狂うことになったのである。そこで強豪のドイツと当たることになってしまった。多分,この時点でベスト4への進出も難しいと考えるのが普通である。このとき佐々木監督がどう感じたのかよく判らないが,開き直って戦うしかないと感じたことは判る。しかし,イングランド戦で敗れ,それ以上のチームにどうして戦うか?
先ずは,もう一度原点に返り,日本のサッカーを忠実にやろうとすることで,パス回しを確実にやることだった。特に,イングランド戦での敗戦は,攻撃のリズムを絶たれたことが大きく,それを立て直すことにしたようで,さらにフィジカル面で優位なドイツに対して,ディフェンスを確実に集中力を切らさないことを徹底していたようである。幸いなことに,開き直った日本に対し,ドイツはイングランドに負けた日本を見下した気持ちで心のどこかにスキがあったことは事実だろう。イングランドは日本を研究して対応していたのに比較して,ドイツは奢りからか,日本の特長をあまり警戒もしていなかったようである。
●有言実行
佐々木監督の著書「なでしこ力 さあ,一緒に世界一になろう!」が出版されているが(まだ,読んでいない),当にこの通り,世界一の頂点に立った。書評からは,監督論や組織マネジメント論を述べられているのではなく,大会毎に計画と目標を立てて,チームを強化していった様子が綴られているようであるが,高い目標を頂点において,それを達成するために戦略を練り,着実にチームを強化して行き,それを成し遂げた功績は,マネジメント論以上のものがある。どこにそのような能力を秘め,どのようにして成し遂げたのかは,本を読んだり情報を集めて,もう少し検討してみたい。
●着眼大局,着手小局
世界一を目指すには,どうすれば可能かを誰よりも考え抜いたのが佐々木監督だろう。自分で世界一になろうと宣言しているのだから,これほど明確なものはない。しかし,その裏では,明らかに身体能力で優る欧米の強豪を倒さなければそこに届かないことが判っており,しかも今まで誰も為し得なかった大きな壁である。それをか弱い日本の女性をして必達するには並大抵のことではなかったであろう。
佐々木監督の采配に,選手と同じ目線で見ると云うのが挙げられる。これは,上から目線で選手に指示や指導をするのではなく,選手の気持ちになって同じ目線で見ているので,選手が安心感を覚え,親しみが増し,コミュニケーションが良くなり,結果的にチームワークが向上することを意味している。逆に言えば,監督が選手の目線ですべての物事を判断しているようでは,ここまでの偉業は果たせない。つまり,目で見えることは選手と同じ目線だが,一人で考え戦略を練っているときは,数段も上のグローバルな位置で,世界の強豪の戦術面に対して,如何にして戦略面でそれらを上回るかを考えていたに違いない。個人技で劣っているのだから,同じやり方では勝てないはずである。もちろん,一人ですべて考えられる訳ではない。しかし,常に勝つ戦略を練っているから,選手の感じ取った欧米選手のやり方など敏感に咀嚼して感じ取り,戦略として仕上げていたことには違いない。
日本のパス回しの戦術が注目されているが,個人の能力では適わない欧米の選手に対して,日本流の選手の自主性を活かす采配も見逃せない。つまり,欧米はスポーツだけではなく,個人の役割が明確に決められ,それに個人の能力の高さが応えることで,チーム力が上がり成就するパターンが取られる。それに対して日本は,個人の役割は定められるが,自分の役割で無い部分もお互いがカバーし合うことでチーム力を上げている。監督の指示で動く欧米に対して,ピッチ内で選手同士の判断で相手の弱点を突く戦法は日本ならではのチームワークで,今回の試合でも随所に見られ,その代表的なものがパス回しから相手の裏を突き切り崩すやり方であり,体力に勝る相手にしつこくつきまとうディフェンスで,一人でだめなら二人掛かりでと云った面である。多分,佐々木監督は世界一の頂点に立つ日本のサッカーをここに見出し,その基本的な練習を徹底的に鍛え,世界一のパスワークと云われるまでに仕上げたのである。
★開発リーダとして佐々木監督から学ぶことは多い。
- チームワークの良いチーム作り
- 選手への気配りから全幅の信頼を得る
- 戦略を立て,ロジックで考え,実践に移す
- イノベーションを心掛ける
- 運を味方に付ける(強運の持ち主)
- 常に笑顔を絶やさない(メンバーに安心感,安定感を与える)
- 前向きな姿勢(苦境に立っても良い方に考える)
- サーバント・リーダシップのお手本
- 着眼大局,着手小局の実践
「なでしこJAPAN」のようなチームを作ろうではないか!!
[Reported by H.Nishimura 2011.07.25]
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