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 ◆後日談

写真を整理し終わって、非常に興味ある記事を見つけたので紹介する。

PRESIDENTの記事より ヴィズマーラ 恵子(以下【V・K】と記す)  イタリアの美術館でのガイドをしていた
フィレンツェ留学後ミラノに移住。在イタリア邦人の目線で現地から生の声を綴る

追記1 「伊東マンショ」

〜ティントレットによる伊東マンショ(1569?〜1612)の肖像画も貴重なものですよね。あのヴェネツィア派の巨匠ティントレット(15181594)が安土桃山時代、天正遣欧少年使節団に対面して彼らを描いていたのか! という驚きがありました。1585年、長崎から出発した使節団がイタリアに到達し、ローマで教皇に対面した後にヴェネツィアへ。そのとき、ヴェネツィア元老院の依頼でティントレットが描いたと……。ただ、仕上げたのは子のドミニコ・ティントレット(15601635)なんですね。

VK】そうですね。ドミニコはお父さんのヤコポほど有名ではありませんが、それでも十分、貴重な作品だと思います。そもそも油絵は現在のベルギーなど北方から始まったものなの。それが海洋国家のヴェネツィアに伝わり、水上都市で湿気が多いので、もともとフレスコ画には向いておらず、油絵を積極的に採り入れました。そういった油絵の美しい色やリアルな肖像画としての描写を見てほしいですね。ただ、ティントレットはそれまで東洋人を描いたことはなかったでしょうし、顔はちょっと西洋人っぽいですが、鼻筋とか(笑)。

2014年にこの絵の存在が初めて発表されて、2016年に日本で世界初の展示。大発見だと話題になりました。しかし、イタリア館ではせっかくガラスケースに入れ両面とも見えるように展示しているのに、キャンバスの裏側を見る人はほとんどいません。裏側の文字は、表面にあったメモ書きのような文字を背景の色で塗りつぶす前に写したもので「ドン・マンショは日向(現在の宮崎)国王の孫/甥で、豊後(現在の大分)国王フランチェスコより教皇陛下への大使、1585年」と書いてあるそうです。

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VKこの絵を所蔵するミラノの財団は、今回の万博のためにかなり気合いを入れて、より美しく本来の姿が蘇るよう丁寧に修復してから、大阪へ送っています。そういったことにかけては、イタリアも日本に負けないぐらい職人気質ですから。

〜伊東マンショはこの絵が最初に描かれてから5年後に日本へ無事戻り、時の為政者・豊臣秀吉に歓迎されるものの、その後すぐ「バテレン追放令」が出て、キリスト教徒として弾圧される中で亡くなっているので、たいへんな激動の人生だったんだなと思います。

VK】イタリアに着いたときはまだ14歳か15歳。若くして日本と西洋の文化的な架け橋になり、宗教的にも先駆けとなった人ですよね。だから今回の万博を通して再び日本に凱旋帰国させてあげようというイタリアの粋なはからいだと思います。

 

追記2 「ファルネーゼのアトラス」

〜先ず目に飛び込んでくるのが,中央に置かれた「ファルネーゼのアトラス」。すごい重量感でした。

VK重さが2トンありますからね。西暦150年ごろ、ローマ時代の彫刻で、所蔵するナポリの国立考古学博物館では何度も見ましたが、日本で展示されたのは初めて。こんな大きいものがよく出品されたなと驚きました。解説すると、まず「ファルネーゼ」というのは彫刻家ではなく、コレクターの名前です。アレッサンドロ・ファルネーゼという16世紀の枢機卿で芸術家のパトロン。そのファルネーゼ枢機卿が集めたギリシャ・ローマ彫刻のひとつが、この巨人アトラスなんです。

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〜アトラスというと、ギリシャ神話の神ですよね。ゼウスとの戦いに敗れ、世界の西の果てで天空を背負うことを科されたと……。

VKだから、大きな天球を背負っているわけですね。天球に浮き彫りにされた星座の中に「カエサルの彗星」があり、独裁官カエサルが暗殺された年(紀元前44年)に現われた彗星なので、制作年代はそれ以降。ギリシャ彫刻のローマンコピーであるとわかったそうです。コピーといっても、この造形のものは世界にひとつしかなく、天球は世界最古のもの。だから、考古学的にとても貴重なだけでなく、天文学的にも大きい意義があるんです。2世紀に見えていた星座の位置がかなり正確に配置されていますから。

2世紀というと日本は弥生時代で、国宝になっているのは銅鐸ぐらいしかなく……(埴輪は3世紀から)。改めて当時の西洋との差を感じます。

VK】その時代に既にルネッサンスと変わらないようなリアルな彫像を作れていたわけですからね。ただ、このアトラス、一説にはローマのカラカラ浴場で発見されたそうですが、16世紀に発掘されたときは顔や手足は欠けていたんです。ほぼトルソー状態。そこから古代の史料などに基づき、苦悶する顔や天球を支える手、右膝をついてふんばる足やマントの大部分が付け足され、今の形になりました。

〜それは知りませんでした。つまり、アトラスの顔は、1400年後に想像で作ったものなんですね。どうりで表情がとてもリアルです。

VK「アトラスといえばこういう顔だ」という史料がたくさんあるので、そう的外れな再現ではないと思いますよ。私が面白いと思ったのは天球を支えている首で、ちゃんとアトラスという名前の頸椎のところに球が当たっていることです。

 

追記3 「復活のキリスト」

〜そして5月に「ダメ押しだ、どうだ」とばかりに追加された展示「復活のキリスト」。バチカンの「ピエタ」や「最後の審判」で有名なミケランジェロの作品ということで、そんなものが日本で見られるんだというプレミア感が高まりました。ただ、これもミケランジェロが最後まで仕上げたものではないんですね。

VKミケランジェロが手がけたものだと証明されるまでの経緯が、ミステリー小説のように面白かったんです。これはいわば失敗作で、ミケランジェロが最後まで完成させたバージョンは「ミネルヴァのキリスト」(1521年作)といって、ローマのサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会にあります。過去にコンクラーベ(教皇選挙)が行われたこともあるぐらい、由緒正しい教会です。

ところが、それに似たこの作品が遠く離れたラツィオ州バッサーノ・ロマーノにあるサン・ヴィンチェンツォ・マルティーレ教会で見つかり、最初は「ミケランジェロが作ったものではないだろう」という見方もあったんですが、当時のミケランジェロの日記から、1514年にローマの貴族がミケランジェロにキリスト像を依頼し、取りかかったものの途中でやめてしまい、後年、他の彫刻家(一説にはベルニーニ)が仕上げたということがわかりました。

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〜キリストの顔の左側に黒い線が出てしまったということですよね。所蔵する教会では、この血管の浮き出しのような線こそがキリストの受難を表わし、価値あるものだとしています。

VK】ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂の天井画もいやいや描いていたというぐらい、画家というより「自分は彫刻家だ」ということにすごくプライドを持っていた人で、石にはうるさい(笑)。大理石は彫ってみないと中身はわかりませんから、顔のところに黒い模様が出てきた時点で、制作を放棄してしまったんですね。

この作品では、S字を描くキリストの体のラインや、典型的な「コントラポスト」といえるポーズにも注目してもらえたらと思います。「コントラポスト」とは古代ギリシャの彫刻家が提唱した片足に重心をかけるポーズ。しかし、完成作「ミネルヴァのキリスト」では手と足のポーズがより大胆な、動きのあるものにバージョンアップされています。

〜完成作「ミネルヴァのキリスト」では、局部が不自然な感じに布で覆われていますよね。ローマの由緒正しい教会では、丸出しだとまずかったんでしょうか?

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VK】そうです。ルネサンス期の教会は裸体像に対して「わいせつだ、けしからん」と批判的で、裸の多いミケランジェロの作品はそういった「イチジクの葉運動」(イチジクの葉で局部を隠す)のターゲットになりました。システィーナ礼拝堂の天井画、祭壇の壁画にもこういった布などを描き足し、局部を隠していました。

 

追記4 「キリストの埋葬」

〜イタリア館に展示されている作品の中でも、芸術として一番すごいのはカラヴァッジョ(15711610)の「キリストの埋葬」では? 感動して絵の前に立ち尽くす人がたくさんいました。

VKルネッサンスからバロックへと絵画を進化させたカラヴァッジョの作品の中でも最高傑作といわれています。まさに彼の絵の様式「キアロスクーロ」、明暗法で描かれていて、V字型の構図。絵の中心の位置から見ると、まるで6人の人物が絵の中から飛び出してくるようです。

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〜ミケランジェロの「復活のキリスト」を見て、その奥の仕切られた暗いスペース「スピリチュアル・ゾーン」に入ると、展示されています。高さ3メートル、幅2メートル。たたみ3畳分とデカい! バチカンはよくこの絵を日本に送ってくれましたね。

VK】以前、この絵は日本で展示される予定があったんです。そのときはコロナ禍で来日中止になってしまったので、今回の万博で約束を果たしますよということですね。ふだんはバチカン美術館で展示されていますが、今回のイタリア館の展示の方が、ライティングや目線の位置からしても、後ろに下がって全体を見られることでも、よりよく鑑賞できるのではないでしょうか。

〜人物はほぼ等身大ですし、まるで写真のようなリアル感があります。でも、描かれた160304年ごろ、カメラはないわけで、当時この絵を見た人はびっくりしたでしょうね。

VK聖母マリアが青い衣を着ているなど、古典的な様式を引き継ぎつつ、年齢相応(45歳ぐらいの設定)に老けて描かれていて、美化されていないというか、理想化されていないんですね。キリストの足の裏は土で汚れていますし、傷口や血管もリアルです。そして、群像を左上から明るい光が照らす。これこそバロック絵画だという特徴が全てある絵です。カラヴァッジョは、おそらく実際にモデルを立てて描いたのでしょう。

〜一番右にいて天を仰ぎ嘆いているクレオファのマリアなんて、いかにもイタリア人女性のような顔です。このマリアと、泣いているマグダラのマリア、そして聖母マリアという3人のマリアが、キリストが十字架で処刑されたときに立ち会い、その遺体を大理石の上に横たえ、埋葬のために油を塗ろうとしているところですね。そして、このあと3日後にキリストは「復活」し、ミケランジェロの彫刻の場面になると……。

VKその石の角とキリストの体を抱えるニコデモの肘がこちらに突き出しているように見えますね。まるで3Dのような効果を、カラヴァッジョは400年前に使っていたわけで、まさに超絶技巧と言えると思います。

〜このニコデモという男性は、キリストを処刑した国の議員だけれどもキリストを尊敬していて、その処刑にも立ち会った。この絵では目線がこちらを向いています。モデルには諸説あって、カラヴァッジョの自画像ともいわれますが、顔が違う感じがして……。ミケランジェロの顔を持ってきたという説もあって、たしかにそちらの方が似ています。

VK】もちろん、カラヴァッジョは「先輩」であるミケランジェロを意識していましたし、この絵のキリストの姿も、ミケランジェロの「ピエタ」に倣っているといわれていますね。ただ、私が読んだ文献では、そもそもこの絵をカラヴァッジョに依頼したのが、1600年に亡くなったピエトロ・ヴィットリーチェの甥で、そのピエトロを追悼するため、彼の顔を描いたのではないかということでした。

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追記5   レオナルド・ダ・ヴィンチ「アトランティックコード」

見学コースで最後に鑑賞できるのがレオナルド・ダ・ヴィンチ(14521519)直筆のドローイング。ただ、みんなが展示ケースの中を「ふむふむ」と、のぞき込んで渋滞してしまうので、イタリア館のスタッフに「立ち止まらないで、写真撮るだけにしてください!」と言われ、アイドルの握手会並みの速さでケースの前を通り過ぎることになります。

VKこれはミラノのアンブロジアーナ図書館に所蔵されているダ・ヴィンチの「アトランティック手稿」です。その本物の素描を日本で見られるなんて、めったにない貴重な機会なので、ちょっともったいないですね。じっくり見てチェックしてほしいポイントがあるんですが……。

まず、有名な話ですが、ダ・ヴィンチは左利きでした。さまざまな図が描かれていますが、左利きの人ならではの線の引き方が出ています。まっすぐ縦の線を書いたつもりでも、ちょっと右カーブになってしまうんですよ。だから、ダ・ヴィンチの絵を見慣れている人だと「うわぁ、いかにもダ・ヴィンチのタッチだ」というのがわかる。

また、これらの設計図に添えられた文字は、鏡文字になっています。イタリアでは1460年頃から活版印刷が盛んになり、ダ・ヴィンチは「自分が書いたものは印刷される」と分かっていたので、その前提で、紙にインクで手書きする時点で左右逆に書いていました(絵の中の文字に活字は使えなかったため)。

たしかにそうなっていますね。しかし、これが何の設計図なのかはまったく分かりませんでした。絵画のみならず、科学者、工学者でもあった“万能の天才”ダ・ヴィンチなので、なんらかの機械でしょうか?

VK】これはスパンコールを大量生産するための機械です。隣にある図は、その機械を設置するための建物、つまり工場の設計図。ファッション産業の街であるミラノが、服や鞄などに使われるスパンコールの図を出してきたところに、さすがだというセンスを感じました。

ダ・ヴィンチは若い頃、ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァに仕え、そこで有名な「最後の晩餐」など絵を描きつつ、武器や機械、土木工事などの設計もしていました。それらの素描が今もミラノにたくさん残っているんですね。もちろん、その中には実際に作られなかったもの、採用されなかったものもありますが、この設計図はそれまでスパンコールを11枚手作りしていたものを、機械で金属に穴を開け、少人数で大量に生産していこうと考えたもので、3世紀のちの産業革命にもつながっていく発想でした。

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★イタリア館のみどころ・作者の年代

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(2025.06.27 西村 )