■技術責任者としての役割 1 (技術行政)
これまで経験してきた技術責任者の役割を,技術行政,技術管理,技術企画という観点でまとめてみる。
■全社行政(複数の事業部などを横断的に管轄)
全社統一行政(全社としての技術まとめ)
会社の規模に依るが,いくつかの事業部に分かれていたり,分社化されていたりすると,各部門が独立的な動きをしている。個別案件はそれで全てまかなえるが,会社全体として技術部門の将来やあり方,或いは全社統一した標準化や効率化など全社を管轄する業務が必ずある。こうした行政面を統括する仕事はCTO(最高技術責任者)の役割である。もちろん,CTO自らが旗振りをするが,それを支えるスタッフが必要で,洞察力,先見性と共にリーダシップ性が求められる。
事業部間の高位平準化
いくつもの事業部が存在すると,当然事業部間格差が出てくる。一般管理的なことは技術管理に任せる方が良いが,ベストプラクティスを見抜き,それを全社的に広めたり,強い要素技術を見出し,横展開を図るなど,事業部を横断した業務を行う。以前は,高位平準化室など作って,社内で開放したりする工夫もあったが,現在は,ネットワークを上手く使うことによって,高位平準化をしやすい環境が容易にできる。ただ,同じ社内でもライバル意識があったりして,器はできても中身が伴わないことも起こっている。ギブ・アンド・テイクが当たり前の風土・文化の醸成が必要である。
重点プロジェクト管理・支援
重要なプロジェクトは,各々の事業部長,或いは部門長が管理されているので十分だとの見方もあるが,重要なプロジェクトは全社としても重要である。したがって,全社としてプロジェクトの進捗をフォローすることは必要である。ここで,重要なポイントは,遅れていることや上手く行っていないことを管理し,批判するのではなく,遅れている場合は,その原因を取り除く支援をしたり,リソース不足の場合は,本部或いは他事業部からも支援させるなど,行政力が発揮できるか否かである。管理よりも,支援に重点をおくべきであろう。
事業部横断会議開催
技術責任者会議,実務者会議など,技術部門の行政を統一させるために,定期的に会議を開催する。一般連絡事項は,技術管理責任者会議など管理中心の会議で十分であるが,CTO(最高技術責任者)の思い,考え方,方針などを徹底する場,或いは議論する場が必要であり,こうした機会が技術責任者間の結束を高めることにもなり,定期的に開催されるべきである。
また,共通課題を持ち寄り,ディスカッションするなど意見交換することで,お互いが得る部分がある。技術責任者同士がコミュニケーションをとる場として,提供できればよいのではないか。
競合他社研究
市場では常に競合との戦いである。したがって,相手を知って戦うことは戦いを優位にできるコツである。だから,SWOT分析などを行って,戦略を検討するが,事業部毎に競合比較をやっていると,重複したり,なかなか情報が十分採れなかったりする。そうした点で,全社で競合他社研究をまとめてやることは効率的である。
ただ,事業部が分かれていると云うことは,製品カテゴリーも違うはずである。したがって,競合他社比較を全社でやると単に会社比較など大雑把なものになることもある。実際に必要なのは,決められた製品カテゴリーにおける競合の分析である。それは,製品担当の部門でしかできない部分も多いので,全社でやることと事業部で各々がやることとの切り分けは必要である。
交流会開催
事業部に分かれると,同じ社内でも別会社に居るような場合も多い。つまり,事業部をまたがって技術者が交流する場が意外と少ないのである。つまり,他の事業部の技術者がどんな研究開発をやっているか知らない場合が殆どである。そうした技術者に対して,要素技術,或いは製品分野など,共通の話題を中心にした交流会を開催することは有意義なことがある。
こうした機会ができると,それを機会に技術者間のネットワークができたりして交流が進むことが多い。特に,技術者は自分の枠の中に閉じこもっているよりも,他から新しい技術や情報を受け,その刺激によって励みができたり,思わぬ発見ができることもある。
活動報告
以上のような,全社行政の活動は,活動報告書のような形でまとめると多くの技術者が目にする機会になる。以前は報告書という形だったが,ネットワーク上に活動報告が見られるコーナーを設けるなど,工夫することによって,技術者が見たい,或いは探したいと感じたときに閲覧できるようにしておくのがよい。
■部門行政
ここでは,事業部門内での技術行政に関して述べる。
トップ方針への整合
技術活動は,トップ方針(事業部門方針)に整合した形で進められなければならない。したがって技術責任者は,事業部内の重要な会議,或いは打ち合わせには必ず出席しなければならない。特に,事業の方向性は,技術責任者が握っていることが殆どである(事業部長が技術出身以外では)。つまり,トップの思いと整合していることが事業発展に不可欠である。
そのためには,定期的な事業計画立案時だけでなく,常日頃から,事業戦略についてトップと技術責任者はすりあわせをしておくことが大切である。意外と時間がなかったり,そう思っているはずと会話はしていても,ディスカッションして本音を言い合っていない場合もある。ここが太いパイプになっていない事業体は,事業成績も芳しくなく,事業発展も望めないだろう。
技術戦略立案
トップ方針をもとに,技術戦略を立案するのが技術責任者としての一番重要な役割である。この戦略によって,多くの技術者が動かされる。もちろん,技術責任者一人が考えるのではなく,周りに精鋭のスタッフおいても良いし,各プロジェクトの責任者を集めて意見交換する方法でもよい。進むべき方向は,この方向である,と云った明確な方針が必要である。
昔,高度成長期は進むべき方向は,みんな同じだった。したがって,方針がなくとも,進む方向は決まっており,効率化の問題はあったが,全てが伸びていた。しかし,昨今はそうは行かない。方向が間違っていると,マイナスはおろか,会社の存亡に関わる事態にもなりかねない。そうかといって,怖れて何も戦略がない,曖昧な状態というのが一番拙い。間違っていても,技術者全員が一致団結できる方針の方が良い。間違いは修正できる。一致団結できておれば,軌道修正も容易である。バラバラでまとまっていない場合が一番始末が悪い。
方針・事業計画作成
上記,技術戦略にしたがって戦術に具体化する作業が,技術方針・事業計画作成である。これは,具体性があり,いつまでに,誰が,何を,どれだけのリソース・費用を掛けて行うかを決める。目的が明確で,目標値が決まるので,その出来映えが評価できる。
一般的には,技術の仕事は,この事業計画に基づいて,プロジェクトの計画,個人の計画へと落とし込まれる。事業計画は,半年,又は1年の計画だが,プロジェクトや個人の計画になると,週単位,或いは日単位の計画になるので,進み具合がよく判る。自分だけでなく,他の仲間にも判る。各個人の仕事にまで落とし込まれるようにするのが,技術行政であり,そうでない場合,どこかに欠陥があり,それは事業計画が上手く進まないことを意味しているので,仕組みを見直さなければならない。
新規事業企画
新規事業そのものを企画するのは商品企画であるが,既存商品だけでなく,新規事業の商品が企画される仕組みを作っておくことは重要である。特に,昨今はアウトソーシングといって,自分の得意分野をお互いが助け合って仕事を進めるケースが多い。つまり,新規事業も自ら手がける場合もあるが,他から引き込んでくる,或いは開発を委託することもある。こうした,新規事業を伸ばす方策をきっちり仕切っておくことは重要である。
また,技術責任者としても,新規事業開拓は重要な役割であり,いろいろな方面にネットワークを張り巡らし,チャンス到来とあれば,一気呵成にプロジェクト化するなど,スピード勝負の世界である。これも重要な技術行政である。
■技術行政のポイント(少数精鋭が望ましい)
1.全社最適を目指す
先ずは,全社の技術部門としてどうあるべきかを考えることである。個々の技術課題や品質問題など,日常発生する業務は,各々の部門が個別最適で解決,処理に当たっている。或いは,新しいやり方を採り入れたり,新しいことにチャレンジしたりと,現場では日々新たなことが起こっている。これらは,いずれも基本的に部分最適を目指したものである。全体最適をとタテマエでは云うかも知れないが,根本には自分たち(自事業部や自部門)が居る。
部分最適の集まりで全社最適になるかというとそうではないことは周知の通りである。そこで,技術行政の役割が発生する。部分最適の集団をして,如何に全体最適に向かわすか,と云う役割である。CTO(最高技術責任者)の片腕として,その思いを徹底させる役割をも担うことである。
2.事業の先を洞察する
事業部にいる現場の技術者は,今日明日,或いは今月のやることで精一杯である。うかうかしていると競合に出し抜かれる緊迫した場面に遭遇している。もちろん,将来のことを考えながらやっているとはいえ,その比率は小さい。それで当然である。したがって,技術行政とは,技術の中心として,また,事業の中枢として,事業全体を見極め,将来にわたって何が必要かを常に考えていなければならない。
現場では気がつかないが,将来,事業にとって重要なことについては,リーダシップを発揮して,現場を引っ張っていく力がなくてはならない。ときには,現場がいやなことでも,必要とあれば強引やらせたり,説得して理解させたり,毅然とした信念を持って事に当たることが必要である。もちろん,そのためには広く情報のネットワークを張り巡らしたり,経営の基本となることを人一倍学ぶなど,自己研鑽を日頃から積んでおかなければならない。
3.現場を中心に考える
もう一つ重要なことは,行政する側として高飛車にでないことである。そんなこと判っていると云われそうだが,これが案外難しいのである。全体を操れる立場に居ると,ついつい現場を見下してしまうのが人の心理である。そうした立場からこそ,現場を中心に考えることが重要なのである。現場から信頼されないような行政は不要である。あいつが全体を見ていてくれるから,自分たちは現場をしっかりやれば良い,と云った関係が築けたら行政マンとしては一人前である。
[Reported by H.Nishimura 2007.05.17]
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