■読書 1 「みんなの意見」は案外正しい (No.602)
最近は本を読むことも少なくなってきている。しかし,読書は自分の知らなかったことをいろいろ教えてくれる楽しい時間だった。貴重な経験だったので,読後感想ではなく,ポイントとなることを書き留めておいたものがあったので,昔を懐かしみながら,読んだ本について紹介してみよう。
「みんなの意見」は案外正しい
これは本の題名である。原題は「The Wisdom of Crowds」(集合知)である。著者はNew Yorker誌のコラムニストだそうだ。この本の主張は,一言でいえば,「適切な状況の下では,人々の集団は,その中で最も優れた個人よりも優れた判断を下すことができる」ということである。適切な条件とは,
(1) 意見の多様性
(2) 各メンバーの独立性
(3) 分散化
(4) 意見集約のための優れたシステム
であり,これらが満たされれば,個々のメンバーが正解を知っていなくても,また合理的では必ずしもなかったとしても,グループのほうがよいという。具体的な事例
何となくそうかも知れない,と云った感覚は持たれるであろうけれど,なかなか実感としてはピント来ない人も多いので具体的な事例で説明してみよう。
事例1:「クイズ・ミリオネア」のオーディエンス
昔あったTV番組の「クイズ・ミリオネア」で,アメリカの番組を真似したもので,みのもんたが司会をやっていたもので,年輩の方であれば見られた方も多いだろう。このクイズ番組で,回答者が解答が判らないときに助け船の3つの手段の一つに「オーディエンス」と云う,番組の視聴者に聞くものがある。4者択一問題であるが,視聴者の解答はかなりの確率で正しい結果を出している。TVでは報道されていないが,平日のTV番組を見に来る一般の視聴者の4者択一の回答率は91%もあったそうである。(チャレンジする回答者はクイズに自身のある人だが,このエキスパートの正答率は65%である)このことは,当に「集合の知」を示しているものである。
事例2:スペースシャトルの事故後の株価変動
1986年1月28日スペースシャトル・チャレンジャー号が発射74秒後に爆発した事故があった。発射の模様はTV中継されていたので,事故のニュースは素速く伝わった。株式市場は,最初の報道から数分もしないうちにチャレンジャー発射に関わった主要企業4社の株が投げ売りを始めた。シャトルとメインエンジン担当(ロックウェルインターナショナル社),地上支援担当(ロッキード社),外部燃料タンク担当(マーティン・マリエッタ社),固体燃料ブースター担当(モートン・サイオコール社)の4社であった。
サイコオール株を売りたい投資家が余りにも多く,買い手が少なかったために,同株は瞬く間に取引停止に追い込まれた。爆発からほぼ1時間後に売買が再開されたとき,株価は6%下落し,その日の終値で下落幅が2倍の12%になった。対照的に残り三社の株は,持ち直して下落幅は2%程度に止まった。
このことは,株式市場がチャレンジャーの爆発の原因は固体燃料ブースターにあることを示した証拠である。しかし,事故の当日,サイオコール社に責任があると云ったコメントは一つとして公になっておらず,そうしたことを伺わせることすらなかった。だが,市場は正しく,爆発から6カ月後,低温でOリングシールの弾力性が失われ,隙間ができガス漏れが起きたことを明らかにした。
事故の原因をいち早く知ったインサイダー取引が行われたわけではなく,一人ひとりのトレーダーの事故に関する情報のかけらを集めただけで,誰一人正確なことは知らない状態でも,集団の平均的な予測値をして原因を当てさせたのである。つまり,確かなことを知っている集団が存在したのである。
事例3:ジェリービーンズの数当て
集団の知力を示す実験として有名なものがある。ファイナンス分野で有名なジャック・トレイナー教授の「瓶の中のジェリービーンズ」である。その名の通り,瓶の中のジェリービーンズの数を当ててもらう事件である。850粒入った瓶を見せられたグループ全体の平均値は871粒だった。クラス56人の学生がいたが,その中でグループよりも正確な値を推測したのは一人しか居なかった。
こうした事例は,いずれも個人の知識よりも「集団の知恵」が優っている具体的な事例である。
「集合の知」にならない「烏合の衆」や「集団極性化」(群衆心理)
集団であれば必ず正しい判断を下す,と云うのは間違っている。所謂,「烏合の衆」と云う現象がこれを証明している。
「烏合の衆」とは,規律や制約もなく,ただより集まっただけの群衆,軍勢。役立たずな人々の集まり。烏合とは,カラスの集団のことで,カラスが集まっても,鳴いてうるさいだけで統一性に欠けることから,喩えとしてこの語が生まれた
しかし,「烏合の衆」ほど,無責任で居心地の良い場所はない。自己責任が問われなく,全ての責任は外部にあり,そこに属す限り悪者になることは一切ない。その代わり,どれだけの大集団になろうとも,いとも簡単に崩壊する集団でもある。そして,その集団のボスほど自己利益を優先に考えている。その取り巻きも然り。それぞれの自己利益のために偽りの集団「衆」を装っている。ここには「集合の知」はない。
また,集団が多様性や独立性を失うことで極端な傾向を示す場合があり,「集団極性化」と云う現象が起こる。極端な例は,暴動や株式バブルと云ったもので,これは人々が「社会的比較」を拠り所にしているもので,集団を和を乱さない心理が働くことによるものである。それだけではなく,不思議なことに正しい答えを求めようとする場合にも起こる。例を挙げるならば,一人だけが何もない空を見ていても誰一人気にも止めないが,まとまった数十人が何もない空を見ていると,それにつられて何があるのだろうと,空を見上げる人がどんどん増えていくと云った現象が事実として起こるのである。
仕事上での「集合の知」の発揮
こうした「集合の知」を活かす仕組みを,会社組織で取り込むことはなかなか難しい。最初に示したように,この仕組みが有効に働く条件を作り出すことが難しいからである。組織化された中では,独立性は難しく,何らかの従属関係になっている。或いは,メンバーの多様性も同じ仕事をベクトルを合わせてやっていることとは相矛盾することである。分散性も極めて難しい。
しかし,考え方を変えれば,どれだけ優秀なトップといえども経営判断を独断でやるよりも,「適切な状況の下では,人々の集団は,その中で最も優れた個人よりも優れた判断を下すことができる」ことを上手く取り入れた方が成果もでるはずである。詳しく調べた訳ではないのであるが,優秀な経営者と云われる人は,この条件に当てはまるようなことを,側近や参謀の中で作り出して適切な判断を行っていたように思われる。
つまり,我々の仕事でも,将来の方向付けなどのような不確定要素が多く潜むことについては,上述の4つの条件を満たすような環境を積極的に作り出して検討することが良いのではないか。
「みんなの意見」は案外正しい,ことを実感することはありませんか?
「集合の知」を上手く利用することを考えてみましょう
参考図書:「みんなの意見は案外正しい」(ジェームズ・スロウィッキー著 角川書店)
[Reported by H.Nishimura 2018.10.29]
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