■技術者の理想と現実 5 (No.556)

技術者は新しい物,新規開拓には興味を抱き,チャレンジすることに誇りを感じながら仕事をしている。その仕事が将来を見据え,先見の明があって事業として大きくなったとしても,初期の開拓者にはなかなか日の目が当たらない。なぜなら,事業が大きくなった頃にはリタイヤしたり,違う仕事に携わっていて,会社での評価は得られないまま終わってしまうことが多い。

  電子部品の中で電装品開発

私が居た当時は,電子部品は企業のメインの電気製品の部品の供給をすることを使命として始められた経緯から,電気製品の部品が花形で利益も上げており,それらの技術開発に携わっている人は輝いていた。一方,私たちのグループは,自動車の将来は電子化が進むことを想定し,自動車メーカへの電装品の供給にチャレンジしていた。

自動車系列ではない電子部品メーカでは,最初はなかなか自動車メーカに相手にされなかったが,厳しい品質要求や,物づくりの管理状態の厳しさ,工程を丸裸にされたような状態での自動車メーカの管理など,物づくりの工程も電化製品用の部品とは分離して管理するように指導され,これまでの電子部品業界では考えられない厳しさの中で鍛えられていた。

しかし,自動車業界の厳しさの割には,なかなか収益が思うように上がらず,赤字にはならなかったが,電子部品全体から見れば細々とした事業でしかなかった。事業のトップも先々の利益より,現状での収益確保,つまり今期どれだけの収益を上げるかが最大の関心事で,先を見通した事業には目もくれなかったと言ってよい。

しかし,10数年以上経った今日,電子部品全体が自動車業界を重視し,事業全体が大きくシフトして,電装品向けの売り上げが大きく伸びてきている。このような姿を,以前は誰も予想しておらず,予想していたとしても時期尚早で状況を見極めている状態だった。本来ならば,先見性ある事業に携わっていた人々,特に技術者は賞讃されてよいはずだが,その当時の指導的役割を果たしていた技術者は功績を評価されずにリタイヤしてしまっている。

これが現実である。経営において先見性を重視すると言われるものの,早すぎては功績を挙げられないのである。しかるべきタイミングに成果を上げることが,最も評価に値するのである。技術者として,先見性ある技術開発をしていたのだと云う誇りも,自己満足でしかないのである。将来の未だ見ぬ成果を評価する指標が無いのである。先を見越した開発をしている技術者の宿命でもある。

唯一,技術者として救われるのが,特許・実用新案である。これは,発明した特許や実用新案が製品に使用されたとなると,使用褒賞と云う制度がある。裁判沙汰にもなった特許もあり,一般の人にも知っている人も多いが,製品化された内の定められた率が,発明者に報奨金として支払われる制度である。これは仕事を変わったり,リタイヤしたりしても,本人に支払われるので,功績として評価されることになる。

技術者の中には自分の好きな技術を思う存分極めれば十分だと云う人も居る。しかし,そうした技術者は少数で,やはり自分の技術で開発した製品が市場に出て,世の中の人に喜ばれることができれば幸いだと思う人は多い。もちろん,その成果で出世することを願っている人も多い。しかし,昨今は競争も激しく,幹部になる人は極少数で,退職するまで現役の技術者でいる人も多い。若いときの理想と現実は一致するものではない。ただ,技術者としても誇りは幾つになっても,どんな地位に居ても,持ち続けたいものである。

技術者の先見性は必ずしも報われないことがある

 

[Reported by H.Nishimura 2017.11.27]


Copyright (C)2017  Hitoshi Nishimura