■技術研究のあり方 (No.523)
つい先日,グランフロント大阪のナレッジキャピタルと銘打って,研究開発が行われていると云う施設をザッとではあるが拝見する機会があった。最新の研究としてバーチャルリアリティなどが紹介されていたが,どうも今一つピンとくるものがなかった。なぜだろうと考えてみると,こんなことで日本の最新と云われる研究が大丈夫なのか?と云った疑問が沸いてきた。
ナレッジキャピタルとは?
「ナレッジキャピタルとは,北梅田の持つ高いポテンシャルを活かし,最先端の有望なナレッジ(人・情報・技術・知識)を資源として未来生活の提言・体験・学習をテーマとした人・モノ・情報インターフェースにより,新たなナレッジを創造する「未来生活の創造・受発信拠点」を目指す。」としている。
始まって4年が経過したようである。大学や研究機関・企業などが多く参加し,海外からも多くの国から視察に来訪していると報告されている。国際プロジェクトやコラボレーションプロダクトなどが誕生し,今後も益々発展が期待できるとの主催者側の報告があるが,どれほど素晴らしいことなのかは,一般市民にはピンと来ない。
何だか名前だけが独り歩きしているのでは,と感じられてならない。確かに,JR大阪駅に近く,人の出入りは多く,人の交流が容易であることは十分納得できるが,情報を集めそれを活かす場所としては優れているが,それだけで未来社会への創造や提言ができるとはとても思えない。いろいろなニーズを拾うことはできても,それを活かすシーズがこの場所から生まれるとは到底信じがたい。
その根拠は,果たして人の交流が多い場所で,未来社会に向けた研究開発,つまり優れたシーズが生まれる環境かどうかが大いに疑問である。経験上だが,優れたシーズは地道な努力,技術者の交流などとは縁遠い,一つのことに賭けるような技術者の努力の賜物から生まれ出てくるもので,一等地のきらびやかなところから生まれることは考えられない。もちろん,市場のニーズから未来社会を創造することは否定しない。必要なことであり,重要なことだと思っているが,それだけでは不十分であると思っている。
結果は,ここ2,3年もすれば,明らかになり,ナレッジキャピタルなるものがどんどん発展しているか,或いは名前倒れに終わってしまっているかは明白になるだろう。
こんなことでよいのか?
さらに感想を述べるとすると,他の研究機関を見て回ったのではなく,ただグランフロント大阪の極一部のところを見ただけの感想なので,すべての研究機関に通じるとは思っていないが,一等地に立派な建物の中で,最新の研究と称していろいろなことをされている割には,何か研究に対する甘さと云うか,真剣さと云うか,企業で技術者としてやってきた者にとっては,不甲斐なさを感じた次第である。ただ,素直な感想である。
最近の研究は,以前の地道な努力よりも,ソフトウェアを駆使した発想の研究が華々しく行われており,それに注目が集まっているようにも感じられる。確かに,ソフトウェア技術の発展は,コンピュータのAI知能を見れば判るように,人間の能力を凌駕する領域に入ってきており,その技術を活かし未来社会を創造することは必要なことである。
一見それらと似通った挑戦をしているようにも見えるが,廻りの展示などを見る限り,まだまだ,アマチュアの領域に近い,お遊び程度の技術を寄せ集めたようなものにしか見えない。技術の最先端を行く研究者が,果たしてナレッジキャピタルを利用して,技術を磨こうとするモチベーションが出るかと云えば,否と云う答えが妥当な気がしてならなかった。
ナレッジキャピタルを訪れての感想
[Reported by H.Nishimura 2017.04.10]
Copyright (C)2017 Hitoshi Nishimura