■科学技術の発達について 3  (No.516)

科学技術の発達は認めるものの,その弊害など全般に亘っての見通しをできている人が居ないとの嘆きであったが,純粋に技術者はどう感じているのかについて述べてみたい。

  有用性と危険

科学技術の発達の裏側に,人間社会に於ける危険性が潜んでおり,それに十分対処できる開発が行われていない。要は人間社会全般に亘って,責任をもって行われているのか,疑問を投げかけるものであった。確かに,その主張は間違っていないし,その通りであるとも感じられる。しかし,元開発技術者としては,何かしっくりこない部分があった。それは,そもそも開発者の思考の及ばない部分であり,時間的経過と共に明らかになってきた部分もあり,全体の責任者が不在と云う簡単なものでは無いように感じられてならなかった。

それで思い出したのが,製造物責任法(PL法)に関して携わっていたときのことである。製造物の欠陥によって人に危害を加えた,或いは財産に損害を与えたとき,その責任は製造業者にあるとした法律である。

ここで,有用性と危険に関して学んだことがある。欠陥の判断基準である。端的な例であるが,ナイフは人を殺傷したりできる危険なものであるが,これを危険だからと云って,製造業者の責任に問えるかと言えば,そうでは無いのである。確かに使い方によって危険性は十分認識できるが,それ以上に,ナイフとしての有用性があり,これが危険性よりも上回っており,危険な部分を十分理解することによって,社会的な有用性を認めて,利用されており,欠陥では無いとされている。

  開発危険の抗弁

これは製品に問題や欠陥があるとされたとき,製品の開発時や販売時の技術水準では,危険の予測が不可能であったと証明すれば,企業がその責任を免責されることで,予測不可能な危険までを企業の責任とするならば,研究開発や技術開発に支障が出て,実質的な消費者の利益と活力を損なうことになるからである。ただ,開発者が知らなかったとか,知識が不十分だったと云うのは抗弁に当たらず,その時点の専門的な知識を以てしても,危険を察知できない場合に限ってである。

現実問題として,科学技術の発達に伴い,安全性などの問題が発生した例はあり,電波やフロンガスなど後になって議論の対象となったものはある。したがって,開発当時の判断基準は間違っていなくとも,技術の進歩による新たな事象の発見は,それが発見された時点で見直しが必要なのである。安全性が問われるものとなれば,どれだけ素晴らしいものであっても,製造中止せねばならないのである。

このように,技術開発は消費者の要望に応えるべく新しいものを世の中に送り出すと同時に,その安全性についても限りなく追求する手を休めずに行われてきている。

  開発者の姿勢は

開発危険の抗弁の中でも述べられているように,研究開発が実質的な消費者の利益や活力を損なうようなことになってはならないが,それが強調されすぎて,多少の犠牲はやむを得ないような風潮が出やすいことはよくあることである。つい,研究熱心な余り,安全について見ようともしない姿勢が開発者の中に現れることはあり得る話である。

気にしないとか,見ようともしないことは人間がよくやることで,無意識の中にそうした立場に置かれてしまうのが人間の性でのある。純粋な技術者ほど,こうした落とし穴に嵌りやすい。世の中に貢献するために技術開発に打ち込む姿勢は素晴らしいものであり,やり甲斐のあるものである。特に,若い技術者は新しいことへ熱心に打ち込んで欲しいものである。

そうした若者を指導する立場にあるリーダこそ,広い視野で先見性を持って,世の中に貢献する技術開発を推進して欲しいものである。しかし,現実はなかなか厳しく,開発案件は成功させないと成果と見なされず,ついつい目先の業績を追い掛けてしまうことが多い。開発技術の成果は会社の業績を左右することもあり,組織で仕事している以上,幹部に行けば行くほど,開発技術の中身よりも,製品の成果の善し悪しで判断され,第一線でのリスクや悪い情報は上がってこない仕組みになっている。

そうした組織的な業績は,良い結果であれば上の成果となり,世の中の安全性などを無視した責任は誰も取らないことが多い。組織の中で有耶無耶にされてしまうことが多い。つまり,第一線の責任者もしくは,その上の上司が,技術的な吟味を十分行い,世の中の安全性などを十分考慮しない限り,そのまま市場に投げ出されるようなことが起こってしまう。

もちろん,開発時に十分吟味しても知り得なかったことが,後になって技術の進歩によって解明されることもあり,一概に判断はできないが,開発時の責任者が,どのような吟味をし,どのように判断したか,エビデンスとして残しておくことは最低限必要なことではないか。会社のためでなく,世の中の安全,快適な生活のために。

開発とは未知の分野への挑戦であり,リスクも伴う

技術者の開発マインド無くして,消費者への貢献はあり得ない

 

[Reported by H.Nishimura 2017.02.20]


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