■トランプ米国大統領の就任演説から感じること (No.512)
1月20日,トランプ新大統領の就任式が行われ,マスコミでもその報道がなされている。就任前の毒舌を抑えて,就任演説をするのかと期待もされたが,就任前の発言と変わらず新鮮味は全くなかった。
米国を強くする
これまでの大統領の就任演説では,高邁な理念を掲げ,アメリカが全世界を引っぱって行くと云ったリーダシップが感じられるものが殆どだったが,それとは真逆の,米国第一をモットーに強いアメリカを取り戻すと云う,内を向いた米国民向けのメッセージが強く,やっぱりそうなのかと落胆させられるものであった。
もちろん,どの国でも,大統領や首相となったトップの人は,口では言わずもがな,その国を第一に考え,国益を優先しようとすることは当然の振る舞いであり,トランプ大統領の発言は本音であり,現実主義である。行動派であるところからすれば,どしどし強いアメリカを目指した政策を実行して行くことは間違いないだろう。
アメリカが世界の国々から富を奪われ,国民が疲弊しているとの認識は間違いでは無いとしても,どうも認識に偏りがある。確かに,大統領が目を付けにらみを効かせた自動車産業などにおいては,劣勢に立たされ,貿易による不利益を受けているだろうが,そもそもそうなったのは,貿易不均衡よりも,自動車産業そのものの米国の力が,他国よりも落ちてしまっているからであり,米国の雇用が減っているかもしれないが,アメリカの産業構造そのものが,嘗ての製造国ではなくなり,情報産業へ大きくシフトしている要因の方が大きい。
それを一部の白人労働者を救うべく,強いアメリカを取り戻すと云っても,米国民全体では違っており,嘗て日本バッシングが起こった70,80年代を思わせるようなことを就任演説で堂々と述べるのは,時代遅れと言われても仕方が無いのではなかろうか。確かに,不動産では成功し,巨額の富を得て,立派な企業家であろうが,米国の大統領にもなるべき人のビジョンとしては,寂しいかぎりである。
米国自体がそれほど病んでしまっていると危惧する人も居るが,確かに,トランプ大統領の発言に,賛同する人の多さからも,そうなのかも知れない。一方,真っ向からトランプを嫌い,人格・発言内容など総てを反対する人も多く,嘆き悲しんでいる人が多いのも事実である。どちらかが正しくて,どちらかが間違っているとは言えない。大統領の演説でも,国民の団結を訴えているが,2分された考えが融和することは無いだろう。この状態は,4年間ずっと続くのではないだろうか。
行動派で実力派の新大統領なので,米国第一に向けた政策は,どしどし打って行くことが考えられる。それもじっくり考え,戦略を練った上での施策と云うより,思ったら直ぐ行動に移すタイプのようであるから,何を考えているかは判らないが,打つ手を見ていれば,何をしようとしているかは分かり易い。これが上手く行けば,強いアメリカの復活も見えてくるが,不動産王の感覚のようには行くまい。まして,自国だけで経済が廻っている訳ではなく,グローバルに複雑に絡み合った世界を相手に,どれだけの力が発揮できるかは大いに疑問符が付く。
首都ワシントンから権力を国民に戻すとは?
就任演説で述べられたもう一つのポイントは,首都ワシントンの支配者階級にあった権力を,国民に戻して,これまでの政策から決別すると訴えたことである。つまり,これまでの貧富の差を引き起こした主要因は,支配者階級向けの政策が行われ,一般国民を疲弊させてしまったことにあり,これを無くすと宣言している。その主なものが,貿易の不均衡であり,米国民が一番被害にあっていると主張し,これを改め米国第一を目指すと述べている。
そのために,国境を守ると言い,インフラ整備を行い,米国民の手と労働力で,米国再建をする,それには二つのルール,米国製品を購入し,米国人を雇うことである。確かに分かり易い表現だとはいえ,余りにも稚拙なものであり,これで十分納得できる国民が居るのだろうかと疑問に思う。まして世界の人にはどのように映っただろうか?
これまでのアメリカとは違った行動になるだろうことは想定されるが,果たして大統領を取り巻く主要閣僚が同調して行動するだろうか?もちろん,トランプ大統領の指命を受けた実力派の人達なので,大きくは違わないにしても,米国民としての良識が残っているだろう。ポピュリズムに陥ることなく,大国としての理想の姿を追い求められるだろうか?
誰かがテレビの報道で述べていたが,トランプ大統領の行動派・実力派は認めるが,決して先見性があり,長期的視点から戦略的に行動するビジネスマンとは言い難く,短期的な利益追求を目指すセールスマンにしか見えないと。就任演説全体を通しても,長期的なビジョンのかけらも見られなかったことからも頷ける。
今日の世界に於いて,国家第一の保護主義が上手く行くとは思えない。しかし,当分は,この傲慢な大統領の振る舞いに世界中が振り回されることになろう。その一挙手一投足に惑わされることなく,国家としてのあるべき姿をしっかり見据えて日本として行動して欲しいものである。安倍政権がそれをできるか?これまでの首相の行動からは,やや疑問符付くように感じられてならない。
とにかく世界の激動から目が離せない一年になりそうである
[Reported by H.Nishimura 2017.01.23]
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