■バーニング・プラットフォーム 2 (No.426)
前回,バーニング・プラットフォームについて述べたが,同じような意味で日本語で使われる「退路を断つ」について述べてみる。
退路を断つ
この言葉もバーニング・プラットフォームと同じような意味を持つことが多い。逃げ道がないように自らを追い込んで事を成し遂げようとするときに用いられる。人は,どこにも退路がない追いつめられた状況のなかでこそ,最も鋭い直感力を発揮することができる。従って,直感力を引き出すためには,自分自身を精神的に追いつめ,自らの「退路を断つ」ことである,と云われている。火事場のバカ力とも云われるが,必死のときには思わぬ力を発揮するものでもあり,人の力は想像を超えることがあることを教えてくれている。
先週,大阪で大阪都構想の是非を問う住民投票が行われた。橋下市長がずっと訴え続けてきた大阪の二重行政を無くし,大阪都として現在ある区割を大きく統合して,新たな大阪を創って行こうする考え方である。橋下市長は投票前から,この選挙に政治生命を掛け,否定されれば政治家を退くと,当に退路を断って臨んだのである。既にご承知の通り,住民投票結果は予想外の接戦で,僅かに反対が多く,橋下市長の大阪都構想は敗北した。選挙が終わって敗北宣言で,市長の任期を以て政治家を辞めると述べられたが,潔いようにも感じられた。
橋下市長が政治家を賭して,大阪都構想に拘ったのは,従来のやり方に不満を持つ民衆を味方に付け,大阪を元気づけることで,東京に続く都市を創り出そうとしたことである。敗北したとはいえ,拮抗した半数の人が賛成を唱えたことの意義は大きい。私自身,橋下市長の考え方には共鳴する部分もあるが,やり方など全面的に賛成はしていない。ただ,不満が蠢く中,誰もが口では言うが,なかなか行動に結びつかない状況下で,市長自身の給料も減らし,議員定数も思い切って削減するなど,民衆の思いを実現して行った手腕は凄いやり手だと感じざるを得ない。一方で,弁護士特有の相手をケンカの土俵に上げ,議論を戦わして勝ち進むやり方は,強引さ,身勝手さが見え,もう一つしっくりしないものがある。そこが今一つ賛同できないのである。
また,周りを見渡すと多くの政治家が改革を唱え,議員定数削減などが叫ばれつつも,決して身を切ることをしない中で,非常に希有な政治家と云えよう。安倍総理にこのような橋下市長の行動を少しでも見習って欲しいものである。安保法制も非常に大事なことであるが,国民の目線とは随分隔たりがあるように感じられる。今の総理ならば,改革に強い思いがあれば,議員定数削減などもできるはずである。自民党の議員の顔を立てたような振りをして,改革には関心が薄い,否関心が全くないと言わざるを得ない。ただ,政治家は民衆の意見を尊重することは重要だが,それに迎合するようでは衆愚政治になってしまう。この見極めは必要だが,一党独裁の自民党の政治家には襟を正し,退路を断ってもやり遂げるような政治家に変わって貰いたいものである。
退路を断つことで成功した事例
この「退路を断つ」ことで,成功した例は,少し昔になってしまったが,日産の改革をやり遂げたゴーン氏である。「改革を進めるために一番大切なこととは何か」との問いに対し,「社員に本当の意味で危機感を植えつけること」,そして「1年で黒字にならなかったら自分も辞める,と社員に言い切ったこと」の2点だったそうです。改革に失敗すればゴーン氏のビジネスパーソンとしての生命も断たれる状態に自分自らを追い込み,経営体制や社内組織の変革よりも,そういう覚悟を示したことのほうが,決定的に効果的だったとのことである。トヨタには随分差を広げられてしまっているが,当時の日産の低落を救った功績は評価される。
また,歴史上の人物を見ても,文字通り死ぬ気で挑むことによって成功した例は数多くある。1066年,フランスから手勢わずか1万5000人で英国に攻め入ったウィリアム一世はその典型である。彼はドーバー海峡を渡り終えると,乗って来た船を海岸で焼き払うよう部下に命じました。「もはや前進あるのみ,私も諸君と運命を共にする」と宣言,自分たちの可能性を信じて,兵士たちを奮い立たせることで,150万人の兵員を擁する英国軍を打ち破り,そしてイングランド国王となり,「ウィリアム征服王」としてその名を歴史に残している。
退路を断つと何が変わるのか?
上述の例でも判るように,人の力は無限であり,それを如何に上手く引き出すことができるかどうかで,物事の成就が決まることが多い。退路を断つ意味は,逃げ場や言い訳のできない環境に追いやることで,人間の底力を発揮させることができるのである。いい加減な気持で物事を取り組むのと真剣に取り組むのでは,結果に大きな差が出る。つまり,真剣に力を発揮すること,それが多くの人が一斉にできるような環境を作り出すことで,狙った目標を達成してしまうことができるのである。
実現可能性がかなり低いのに,退路を断つような決断をする人はいない。自分の狙った目標をより実現可能にするために退路を断つ行動を採るのである。それは自らを鼓舞するだけではなく,周りの仲間,部下,或いは賛同を迷っているような人などを一気に実現可能な雰囲気を醸しだし,実現可能と信じさせ,そうして賛同者を取り込むことができ,それの力を借りることでより実現に近づくことになるのである。
誰もができることではない。そうした決断を上手くできる人は希に居る。カリスマ的な力を発揮できる人で,実力者である。先を見通す先見力にも優れている。何かを大きく変革することができる人でもある。そうした人は,いつもではないが,退路を断つ決断をして,多くの人を魅了しながら,統率指揮して目標を完遂させるのである。
退路を断つことは,先の見通しを読む力が必要
[Reported by H.Nishimura 2015.05.25]
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