■新製品開発 6  (No.411)

新製品開発の続き。今回は前回少し触れた「キャズム」の解説をしておこう。

キャズムとは

これはマーケティングの一理論である。画期的な新製品が出ては消え,また異なった新製品が発表される。しかし,そうした新製品がなかなか市場で拡大しないことがよくある。一時的に騒がれた新製品が,何故市場に受け入れられないのか,その点について解明したのがこの「キャズム」(Chasm:大きな(深くて広い)裂け目)である。ハイテク商品を対象に書かれているが,技術シーズ開発志向の商品にとっては同様の考えができると思われるので,少し古い書籍ではあるがあえて取り上げてみた。

下図のモデルは,新たなテクノロジーに基づく製品が市場に受け入れられていくプロセスを,製品のライフサイクルの進行にともなって顧客層がどのように変遷するかと云う観点からとらえたものである。このマーケティング理論は1991年,ジェフリー・ムーア(米国)が唱えたものである。製品のライフサイクルは一般的に,正規分布に従ったような曲線で展開される。この大きな山に差し掛かる「成長期」と山から少し下った「成熟期」に掛けて,利益を上げると云うのが一般的である。この大きな山を目指してマーケティングが行われる。ここで通常一般では,この連続的なつながりを利用して,製品初期に購入意欲を示すイノベータから,アーリーアダプタへ,そしてアーリーマジョリティへと順次拡大していくことを目指す。ムーアの「キャズム」理論は,このアーリーアダプタからアーリーマジョリティへ展開する間に,深い広い溝「キャズム」がある,と云うものである。

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この分布は,ロジャーズが「イノベーション普及学」で説明したのでは,次の通りである。

  1. イノベータ         2.5%
  2. アーリーアダプター  13.5%
  3. アーリーマジョリティ  34.0%
  4. レイトマジョリティ    34.0%
  5. ラガード         16.0%

過去の多くの製品が,この「キャズム」を乗り越えることができずに,市場を拡大できなかった。その大きな原因は,「キャズム」の認識が十分でなかったことが多い。つまり,このギャップは,イノベータやアーリーアダプターと称される人々に受け入れられる要素と,アーリーマジョリティ以降の人々に受け入れられる要素が違うことに気がついていないことに起因している,と云われている。

「キャズム」を乗り越えるためには

ハイテク・マーケティングに取り入れられた有用な考え方にホールプロダクトがある。それは,ベンダーが顧客に説明する製品の機能,つまり価値命題と,製品が実際に発揮する機能の間には差がある,と云うものである。

これを次のような,四つに分類している。

コアプロダクト 実際に出荷される製品で,仕様書に記載されている機能を発揮する
期待プロダクト 顧客が製品を購入するとき,「こうである筈だ」と考える製品。顧客の購入目的を満足させるために最低限揃っていなければならないもの
拡張プロダクト 数多くの付属品を付けてコアプロダクトの機能を拡張したものであり,顧客の購入目的を最大限満たす製品
理想プロダクト さらに補助的な製品が市場に出てきたり,或いは,製品の機能強化が施されたときに,顧客に提供される機能の理論的上限を表す

このホールプロダクト・モデルと製品のライフサイクルとは関連があることがわかる。つまり,上図の製品ライフサイクルが右に進むのに合わせて,下図では,中心から外へと重要性が増していくことが判る。

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言い換えれば,イノベータには,コアプロダクトそのものが非常に重要であり,これのみで十分受け入れられるのに対して,「キャズム」を越えた右側のメイン市場では,コアプロダクトだけではなく,実利者の要求である期待プロダクトや拡張プロダクトが重要性を増しているのである。にも拘わらず,多くの失敗はコアプロダクトにどんどん投資,技術リソースを当ててしまっていることである。特に,技術シーズ開発志向で技術者中心に牽引している企業では,コアプロダクトの良さに自惚れてしまっていることが多い。

つまり,「キャズム」を挟んだ左側と右側では,明らかに戦略を変えることが必要なのである。このホールプロダクト・モデルの考え方を十分理解して,顧客の「購入の必然性」に合致したような製品を創り出さねば,市場は拡大しないのである。これまでに市場拡大に成功した製品を見てみると,必ずこのようなホールプロダクト・モデルが上手く戦略上に作られている。「キャズム」を乗り越えることとは,「製品」を中心とする価値観から,「市場」を中心とする価値観に移行することだと云われている。

「キャズム」を越える方法とは,先ず支配できそうなニッチな市場をターゲットとし,そこからライバルを追い払い,そこを起点として戦線を拡大することである。ところが多くの経営者,特にハイテクの経営者は市場を選ぶ段になると,ニッチな市場を敬遠することが多い。つまり,販売は重視するが,マーケットの育成には関与しないと云うことで,これはたきつけを行わずに火を付けようとするもので無謀なことである。そうではなく,先行事例となる実利主義者の顧客を獲得し,そこを起点にメインストリーム市場の他の顧客を攻略すべきである。「キャズム」を越えようとするとき,@ホールプロダクトによるテコの原理,A口コミの効果,Bマーケットに於けるリーダシップ,その実現にセグメントを絞ったニッチな市場を支配することが不可欠なのである。

「キャズム」とはハイテク製品を中心としたマーケティングに関するものであるが,普通一般の業界にも当てはまる部分が無い訳ではない。産業部品などの開発では,相手する顧客は,特に技術者とのやりとりになるケースが多く,イノベーターやアーリー・アダプターに相当する場合が多い。従って,コアプロダクトが焦点になることが多い。しかし,顧客によっては,必ずしもそうではないこともある。つまり,業界で実績のある商品を上手く組み込むことが主体となった顧客もいる。技術者ではなく購買担当者はそれに近い。技術的内容よりも価格が決め手になることがある。このように,攻める顧客によって,コアプロダクトではなく,期待プロダクトや拡張プロダクトを重視する場合もある。顧客が真に求めているものが何かを的確に把握して対応しないと,「キャズム」に陥っていることが起こっている。(製品性能よりも,周辺技術を含めたサポートを重視する顧客もいることを理解しておくことが必要)

「改革」にもこの「キャズム」が存在する

話がやや拡散して申し訳ないが,上述したのは製品開発についての「キャズム」であるが,少し考え方を拡大すると,組織体で「改革」をしょうとする場合にも,同じようなことが云える。組織体には様々な意識を持った人が存在し,当に,最初の図で示したのと同じような分布になっている。

改革を成功させるには,イノベータの意識の輪を,アーリーアダプターに広げ,さらに,アーリーマジョリティにまで拡大すれば,成功と云われている。しかし,この輪がなかなか広がらないことが多い。このことも,上述した製品サイクルの「キャズム」に相当する大きな溝が存在している。当に,この「キャズム」を挟んだ左側の人々の意識と,右側の人々の意識には大きなギャップがあり,連続的につながったやり方では上手く進まないものがある。ホールプロダクト・モデルに相当するような,仕組みか,やり方を工夫しないと,「キャズム」を飛び越えることができないように感じられてならない。余談だが,的を得ていないだろうか?

  

あなたの担当商品(事業)は,「キャズム」を経験するほどの商品ですか?

「キャズム」にはまり込んでいませんか?

 

参考図書:「キャズム」 ジェフリー・ムーア 著  2002年 翔泳社 

[Reported by H.Nishimura 2015.02.09]


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