■吉田調書 〜福島第一原子力発電所事故〜 を読んで 1 (No.391)

9月11日に公開された政府事故調査・検証委員会の報告書を読んでいる。マスコミの報道で大まかな内容は理解しているが,実際の報告書がどのようなものか,技術者の一人として関心があり,読んでいる。吉田氏への事情調書だけでも400ページにも及びザーッと読み切れるものでもない。事故調査の専門家による検証であることも関心があるところである。

  吉田氏への調書は膨大

政府関係者10数名など多くの人へのヒヤリング結果が公開されているが,東電は吉田所長だけであり,原子力委員会,保安院などへのヒヤリングも公開されていない。その理由はよく判らないが,公開に同意されていないからかも知れない。やや片手落ちの公開で,このままであれば,如何に東電の対応が悪かったとの印象は拭えない。実際に対応が拙かったことは事実だが,その真実は語られていない。

吉田調書のメインはやはり吉田所長へのヒアリングであり,関心も一番高い。まだ全文を読み切れていないが,第一印象は,技術者の私でも,原子力に関する技術的な質疑応答が多く,文字を拾って読んでも理解できない部分が結構ある。質問者もかなり原子力に精通した人のようで,原子力発電の原理,構造,不具合に対する対応策など技術面の追究が結構多い。

技術面のやり取りはやや読み飛ばしの感は否めないが,事故直後からの吉田所長の対応はヒシヒシと伝わってくるものがある。例えば,地震発生から津波が来るまでの切迫した対応状況や,津波が到来したことも中から外が見えず直ぐには判らない状況,その中で刻々入ってくる情報,全交流電源の損失で非常用のディーゼル発電機が使えなくなったときの悲壮感が伝わってくる。全く,想定外の出来事だったようである。

  原子炉の圧力と水位

事故直後から,吉田所長が何にも増して気にされていたものが,原子炉内の減圧と注水である。吉田所長ご自身も反省されているが,水位計が狂っていたことが当初は判っていなかった。水位計がまだ水位があることを示していることから,一番気にはされていたが炉心の熔融は無いとふんでおられたようである。IC(アイソレータ・コンデンサ:非常用復水器)が動いているものと思い込みがあったと反省されている。水位計には水があるようになっているにも拘わらず,線量が上がってくることに疑問を抱き,随分経ってからICが働かず炉心が十分冷やされていないことに気づかれたようである。現場の第一線で大混乱の状況の中では,誰も責めることはできない。

ベントの必要性を感じ,バルブを開ければよいとの軽い気持だったようだが,開けようとするには電源が無く,手動で開けねばならず,線量が高い中で,しかも暗闇で困難を極めていた。にも拘わらず,官邸や本店では遅いとか,何をしているんだとか,やきもきしながら,現場の対応の遅さに苛立ちが走っていたようである。現場を知らない人の安易な考えに,吉田所長は後から腹立たしく感じられている。現場の統率を取っている人がベントなど,最良策を一生懸命講じている苦労が蔑ろにされてしまっている。

  水素爆発の発生

その当時,現場では炉心の熔融から水素が発生し,容器が爆発することを一番恐れ,そのため注水を懸命に行い,ベントの処置もされようとしていたが,まさか建屋が爆発するとは誰も考えていなかったようである。実際,爆発が起こったときも現場では,また地震が来た程度に感じられていたようである。水素が充満していることを知らせる計器もなく,全くの不意を突かれたようである。

その当時の情報手段も,人から人への伝達で,統率本部へ情報が入るまでには大分時間が掛かったようである。現場の最前線で電話も無く,混乱状態の中で必要な情報を素早く採り入れる努力をされていることは伺い知ることはできるが,精一杯のことだったのだろう。現場の情報がこのような状態であり,まして官邸や本店に正確な情報が届くには時間を要したことは容易に判る。

数少ない現場の人でのやりくりのたいへんさはヒシヒシと伝わってくるが,消防やレスキューなど外部の応援部隊の努力もあったのだろうが,実際現場で指揮命令されていた吉田所長の感想は,どれも役に立たなかったとのことである。現場の作業員など原子力発電所の様子を熟知している人々は,生死の覚悟をしながら必要な対処方法を自らが取られている。それに引き換え,外部のレスキューの人々は,線量の高さから被爆を恐れ,現場に近づこうとすることを極力回避されている。

よく判らない人に取っては,被爆の恐ろしさが先ず頭に浮かぶだろう。それは当然のことである。しかし,現場の指揮者が求めているのは,必要なものを必要なところへ持ってきてくれることであり,それを現場の作業員が取りに行かないといけない状況での手助けは,手助けになっていないのである。頼りになったの現場の作業員だけだったようである。

吉田所長の当時の現場の過酷な状況は,ヒヤリングの中の話の節々に出てくるが,それだけに本店や官邸の現場を知らない,岡目八目とまでは行かないまでも,現場感の乏しい対応には,情報が十分入って来ない中でのやりとりとは云え,腹立たしい思いがするのは私だけではないだろう。

(続く)

事故調査の生々しい報告を読みながら,再発防止を祈る

 

[Reported by H.Nishimura 2014.09.22]


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