■ある日突然,複眼視に! (No.360)
今回も先週に引き続き,アクセスの多いエッセイを紹介する。
【2011年2月4日に掲載したエッセイ】
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ある日突然,見る世界が違ってしまったら,貴方(貴女)はどうしますか?
11月初めのことである。朝テニスをしようとしたところ,どうも見づらい。何が起こったのかよく判らなかったが,どうもテニスのボールが二つに見える。複眼視の症状が起こってしまったのである。片目をつぶって右目や左目だけで見るとよく見えるのだが,両目で見ようとすると,各々の眼で見ている像の焦点が合わないのである。メガネを掛けずに3Dの映像を見ると,像がぼやけて見えるが,それと似た症状で,或いはもっとひどい状態である。テニスは長年の勘でラリーは少しはできたが,速いボールに眼が追いつかず全くダメな状態であった。
直ぐに脳梗塞ではないかとの疑いで,脳神経外科でMRIを撮ってもらったが,脳梗塞の症状はどこにも見当たらず,脳には何の異常もなくホットした。次に,眼科へ行き診断してもらったところ,「滑車神経麻痺」と云われた。モノが二重に見え,それも上下にズレて見えるのである。目の前に棒のようなものでそれを上下左右動かされるのに,その先端を眼で追っかけるのだが,十分追随できないことが判る。
また,碁盤のようなマス目の画面で,中心から上下,左右に均等なマス目の交差ポイントにドットが打たれている。それを,右上,左上,右下,左下とドットの点を追いかけるのだが,マス目やドットは赤色,追いかける矢印は緑色で,左右が赤色,緑色に分かれたメガネで云われたドットを指し示す。通常であれば,ドットを正確に追っかけられるのだが,視神経が麻痺した状態なので追いかけると,かなり違ったポイントを指しているようである。どの位違っているか,データは教えて貰えなかったが,最後に指しているポイントがメガネを外してみるとかなり違ったところを指していたことからも,ひどい状態になっていることが伺えた。
特別な外傷を受けて起こるとか,糖尿病から来る場合があるとのことだったが,そうしたことは無縁だったので原因がよく判らなかった。しかし,特に眼そのものが悪いのではないので,眼を使うことなど,何かを制限することはなかった。神経麻痺のような状態なので直ぐには治らないが,徐々に良くなるので焦らないで治るまで1カ月程度は掛かると思ってください,見難いときは,片目で見るなどして,楽な方法で見るようにしてください,との説明を受けた。どうなるか心配だったので質問すると,治り方はいろいろで,突然治る人や最期まで残ってしまう人も居るが,多くは徐々に治っていくとの医者の言葉を信頼して過ごすことにした。もちろん,自転車や車の運転はとてもできる状態ではなかった。
症状が起こった最初は,天地がひっくり返っているようで,真っ直ぐ歩くこともゆっくりでないと無理な状態で,病院へ行くのがやっとの状態だったが,少し慣れてくると電車やバスに乗っての移動は可能だった。また,最初直ぐにはパソコンの捜査も不都合だったが,慣れてくると同じ状態では焦点が合ってくるので,パソコンの画面で見たり,書き込んだりすることはそれほど苦にはならない状態だった。テレビなど少し離れたものを見るのは,多少辛く,家の鴨居など明らかに左目と右目で違った角度で見える状態だった。もちろん,外の風景など片目で見ないと絵にならない状態で,両目では見慣れた風景が全く違った世界に見え,病状の説明は理解できても,現実に見ているのは自分自身で,不思議な世界がそこにあった。
家族は心配し,どうなることかやきもきし,年老いた不自由な世界に入り込んでしまったような悲観さえも呟かれていた。私自身は,科学的に見る方で,脳梗塞ではなかったが視神経の一部が麻痺状態に陥ってしまったのであり,身体そのものが大きなダメージを受けて仕事もできない状況ではないので,そう心配することはないと,楽観的と云うか,前向きな姿勢で居られた。「病は気から」と云われるように(語源は違うようだが,諺として一般的に使われている),前向きに考える方が病気の方から逃げていくのでは,と云った感覚でいた。ただ,バスや電車に乗れるといっても,一番困るのは階段の上がり下りで,特に下りる方は,階段が幾つにも見え,足を踏み外しそうになるので,手すりを持って,片目にしてゆっくり下りていた。最近は,3Dで両目の差を利用した立体画像を見せているが,私は3Dどころではない,左右の目で見ているものが大きくズレて見えているのである。とんでもない世界を見ているのであった。1カ月経った12月の初めである。高校の同窓生の懇親会が京都であり,出席した。そこに出席された方は,ご存じの通りであるが,外見的には全く正常な人と同じような(そうではなかったと感じた人も居られたかも知れないが)素振りだった。現に,会に出席する前に,東福寺など写真を撮りに行ったのだった。その時点では,医者の診断通り,複眼視の状況は徐々に回復に向かっており,居住空間での不都合さは,殆ど無くなってきていた。しかし,まだ焦点が合うまでに時間を要する感じがしていた。
12月少し経って,ようやく怖々自転車に乗ってみた。感覚はまだ正常でなく,見えている世界も歪んでいるが,何となく平衡感覚を一生懸命とるようにしながらであったが乗れるまでにはなった。自動車の運転は,12月半ば以降になってからで,近くの買い物には何とかゆっくりとした運転で,できるようにまでなったが,バックで駐車場に入れるなどには,なかなか焦点が定まらず,片目で見ながら徐々にバックして時間を要した状態であった。
正月明けて,ようやく自動車の運転にも支障が殆どなくなり,1月半ばの眼科での診断で,ようやく通院からも解放された。実際には眼科には殆ど通院せず,2週間から1カ月(12月半ばから1月半ばまで)の通院で,脳神経外科でビタミンBと聞いたが,その注射を2回/週してもらっていた。
2月現在,すっかり元通りの状態に戻っている。
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ちょうど今から3年前の出来事である。現在,その時の後遺症は全く残っていない。よくも人間の身体は上手くできているものだとつくづく感心させられる。神経が切れた事実を科学的に映像として確認できた訳ではない。ただ,外見的に現れた症状からこれまでの治験によるもので,原因を推察し,治療に当たった結果,上手く治ったに外ならない。
人間の身体は多くの細胞からできており,それらが上手く組み合わさって人間の機能を果たしている。その極一部,目には見えず,MRIなど最新の技術を駆使しても見えない神経系統の一部が麻痺(誤動作)をしたため,今回のようなとんでもない生活に支障のでるような症状を起こしてしまったのだった。今でも神経麻痺からきた症状であるとしか推察できない。それがたまたま上手く回復しただけである。何が効いたのか,ビタミンBの注射かもしれない。否,人間の自然治癒によるものかもしれない。ただ,運が良かったのかも。
病はいつ何時おそってくるかも知れない,慌てず冷静に!
治すと強く思わない限り,自然治癒は起こらない
[Reported by H.Nishimura 2014.02.17]
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