■STAP細胞発見の驚き (No.358)
1月29日,衝撃のニュースが駆け巡った。万能細胞へ初期化する原理を,若いマウスの実験で行い,その成果が英科学誌ネイチャーに掲載されることになったとの報道である。詳細は理化学研究所の広報にあるので,それを参照していただきたい。
偉大なる発見
生命科学の常識を覆す画期的な発見,との見出しである。
今回発見されたSTAP細胞とは「刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency )」細胞のことである。それは,若いマウスから抽出したリンパ球を30分間程度弱酸性の溶液で刺激を与えておき,培養すると多機能性細胞に初期化できる方法を見つけ出したものである。
説明を読んでみると,ほ乳類の身体は幾つかに分化した多数の細胞から構成されているが,その発生は受精卵に遡るが,受精卵が分裂していろいろな種類の細胞に変わり,それぞれに個性付けされる。このことを「分化」と云うが,一旦分化をすると,その記憶が固定され,他の種類に変化したり,元に戻ること(初期化)はあり得ないとされている。つまり,未受精卵へ行うクーロン技術や一昨年度山中教授がノーベル賞を受賞された遺伝子を導入するiPS細胞技術など,人為的な操作でしか起こりえないとされています。
ただし,植物では非可逆的でないことが知られているそうで,今回の発見は,ほ乳類でも植物と同様の,「特別な環境下では,動物細胞でも自発的な初期化が起こり得る」と云う仮設の下,その検証に挑み,今回の大発見に繋がったと云う。
理科系女子の30歳の若さ
マスコミの報道は,偉大な発見もさることながら,その発見者が30歳と云う若き美人女性研究者と云うことで報道が過熱している感が否めない。実験に使う通常の白衣ではなく,祖母から貰った割烹着姿での実験とか,実験室が女性ばかりで華やかな彩りやムーミンの飾りなど,他とは違った光景に注目が集まるような報道がなされているが,それらは今回の発見に繋がるようなものではないことは一目瞭然である。
周りで研究を支えてきた人々の話からすれば,非常にガッツ溢れる,負けん気の人一倍強い研究者だったようである。それは,女性だからそう見えるのではなく,持って生まれた性格や育てられた環境が作り上げたもので,男性にも劣らぬ努力家の研究者の姿を見る思いだった。会見の質疑でも,遠い将来,100年先に活かせる研究をやることが自分の使命だと言い切る素晴らしさはどこからくるものだろうとつくづく感心させられるものがあった。
マスコミは,「リケジョ」(こんな言葉があることも知らなかったが)などと,理科系の女性の話題を取り上げ,インタビューにもそうした女性の発言が見受けられるが,本人や研究所からは,マスコミの報道の過熱を自粛するよう静かに見守って欲しいとのお願いが出ている。確かに,人の興味は,発見内容はどれほど偉大なものなのかよく判らず,ただ凄い発見程度であって,ノーベル賞に値するほどの発見をうら若き女性研究員が成し遂げたことに向いている。こうした報道などの影響で,これからの研究などに支障があってはならない。資金援助など,研究が進むことに対する支援は大いに結構だが,野次馬的な騒ぎは百害あって一利無しである。
我々団塊の世代には思いもつかないこと
しかし敢えて,理科系の女性研究員について述べるなら,我々団塊世代では考えられないことである。それは,我々の大学時代,今から40数年前,丁度学生運動がもっと盛んだった時代である。工学系の単科大学で学んでおり,10足らずの学科に約1000人弱の学生が学んでいたが,女性はたった2人だけの時代である。今の学生からみれば信じられないことかも知れないが,理科系は男性の世界で,男勝りの女性が唯一いる時代だった。電子工学では,大学の4年間,一人の女性も居なかった。決して女性に門戸が開かれていなかったのではなく,男女の区別無く受験は可能だったのだが。
高校時代の同級生でも優秀な女性は居たが,工学系に進んだ女性は皆無だった。せいぜい,理数科が得意でも薬学部へ進むのがやっとと云うのが当たり前の時代である。だから,今回のように30歳の女性研究員が,と云われると,時代も変わったものだとしみじみ思う次第である。60歳以上の人々は殆ど同感ではないかと思う。
とはいえ,社会人として企業で技術部門で新製品開発に携わっていて,女性が居なかった訳ではない。開発技術者としての女性は化学分野を中心に徐々にではあるが増えてきていた。しかし,本当の実力はまだまだ男性には及ばないのが実態だった。しかし,企業では,20年程前からだろうか,多様性を求め,女性の活用を謳い文句に女性の地位向上に努めていたことは事実である。むしろ,女性であるが故に,優位な条件で持ち上げることも歴然と行われてきた。実力以上の待遇になっていた女性管理職も多く見てきた。
そうした時代を過ごしてきた者にとって,今回のできごとは,ようやく本当に女性が男性に劣らず活躍できる場ができていることを実感した。それは,女性だから云々と云うのではなく,全く対等に,男性女性の区別無く,その人の個性で秀でた特長を十分活かした周囲の環境作りが素晴らしいものだったように感じる。「本当にピンチになったときに,周りに助ける人が現れた」との研究者の感想は,素直な言葉として受けとめられると同時に,人を惹きつけるだけの熱意や根性が並外れたものだったことを物語っている。
さいごに
日本の若い(女性)研究者が,とんでもない大発見をしたことを素直に喜ぶと共に,その研究が,更に世界中の研究者によって,もちろん,日本の研究者が続くことを期待したいが,さらに人への応用に進化し,いろいろな医療を始めとする分野で,大きな花開くことを願っている。
また,若い研究者や技術者が,大きな夢を持って,果敢に挑戦する姿が見られるようになることは,政治や経済界のドロドロした足の引っ張り合いをしている年寄り連中が,成長戦略だとか,経済成長を目指してとか叫んでいる以上に,日本にとって一番大きな成長の礎になるものである。自分の主張を通すために頭を使い,力を発揮するくらいなら,今回のような若者が自由に伸び伸びと活躍できる場を提供するよう心掛けては如何かと言いたい。
STAP細胞が人類に貢献する時代がくることを願って・・・
[Reported by H.Nishimura 2014.02.03]
Copyright (C)2014 Hitoshi Nishimura