■祝 2020年東京オリンピック開催決定 (No.337)
2020年,東京オリンピックが開催されることに決定した。
感動を再び
早朝(9/8),2020年のオリンピックの開催地が2回目の投票で,東京に決定した。マスコミ報道は,夜通しで開催決定の瞬間を追い掛けていたようである。私は,朝5時過ぎに決まると聞いていたので,いつもより早く5時半に目を覚まし,テレビを付けたところ,最終投票で東京が60票を獲得し,イスタンブールを下したとの生々しい手書きでの放送だった。
アルゼンチン,ブエノスアイレスとは時差が12時間,日本とは夜と昼が逆転した地球の裏側で,IOC総会は開かれていた。安倍総理をはじめとして関係者がやきもきする中,一次投票でトップを獲得,2位が同票と云うハプニング付きで,前評判の高かったマドリードが脱落し,イスタンブールとの決選投票になったとのことだった。
招致委員のチームワーク,プレゼンテーションの素晴らしさなど,称賛する声は大きい。確かに,前評判通りに決まらないことがここ何回か繰り返されており,今回の東京もどうなるか微妙だったようである。特に,最終局面で福島の汚染水問題が大きく取り上げられ,マイナス要素になり,接戦が噂されていた。マドリード優勢との声もあり,また2024年パリが立候補することから,ヨーロッパが続くことは難しく,ヨーロッパの票が割れるとの観測もあったようである。招致委員はじめ,裏方の人々の地道な努力が結実した瞬間だった。
オリンピックはスポーツの祭典であるが,それ以上に経済効果など国全体へ与える影響も大きく,且つ若者に夢を与えるものとしては絶好の機会である。日本全体が,56年前の感動に再び包まれることと思っている。
東京オリンピック(1964年)の想い出
当時,私は高校3年生だった。10月10日がオリンピックの開催日だった。大学受験を控えた中,2週間はオリンピックで明け暮れしたが,私自身はあまりテレビにかじりついていたようには記憶していない。東洋の魔女がバレーボールで優勝するなど日本中が沸き立ったことを微かに記憶している。また,柔道や体操は当時はお家芸として,確実に金メダルを獲っていたようである。とにかく,日本中が一体となってオリンピックを歓迎し,歓喜に涌いた記憶が朧気ながらある。
日本の各地を聖火がリレーされ,実家の自宅前の中仙道を聖火ランナーが走り,陸上部だった同級生が聖火ランナーで走った記憶もある。高校生だったので,景気がどうだったかと云う感覚は全くなかったが,日本が高度成長期に向かうトリガだったようで,各地のインフラが充実されていく源になったようである。スポーツの祭典であるオリンピックを通じ,日本人の持てるエネルギーがかき立てられ,高度成長に突き進んで行ったのである。
東海道新幹線が東京オリンピック開催に向けて開通した。これも,早くから工事が始まり,通っていた中学校の木造2階建ての校舎の上を通過することになり,通学中に新幹線予定地の測量が始まり,卒業して間もなく学んだ木造校舎が取り壊され,鉄筋3階建ての新校舎に移転することになった。だから,今も新幹線が中学校の校舎の直ぐ横を走っている。当時は現在のような防音壁もなく,土が盛り上げられその上を線路が走り,周りを金網で囲われただけの状態であり騒音も大きく,シャーと云う新幹線の騒音が実家からも聞けたほどだった。やはり,新幹線の開通は大きなエポックメイキングだった。
実は私の孫が7年後の2020年には丁度,私と同様高校生になっている。私が若いとき,東京でのオリンピックを味わった感動を,同じように孫がその場面に出くわすと思うと一入である。
プレゼンテーションを観て
持ち時間70分のプレゼンの一部始終をNHK−BSで放映されていたので,じっくり観た。プレゼンの始めに高円宮妃殿下が流暢なフランス語で(私は,少しもフランス語は判らないが・・・),非常に貴賓のある落ち着いた且つ笑顔が人を魅了するスピーチを厳かにされた。皇室がオリンピック招致に出られることはこれまでには無いが,妃殿下自身はサッカーなどスポーツには名誉職を引継,ご活躍されている方のようである。この第一印象が日本のプレゼンを素晴らしいものに誘導した。
続いて,パラリンピック出場経験のある若い佐藤選手が登場し,自分自身のケガ(片足を切断し,義足状態)からの復帰がスポーツに支えられたこと,さらには津波の被害に実家が合い,被災地の過酷さ,スポーツ選手が復帰の大きな支えになっている実情をきめ細かく,表情豊かにプレゼンをした。非常に心のこもった人の心を揺さぶるスピーチだった。
竹田会長始め,猪瀬東京都知事や水野副会長のスピーチも非常に迫力ある,心から訴える大人のスピーチで,これらも好感持てる内容だったが,やはりプレゼンは女性の笑顔が優る。滝川クリステルのフランス語でのスピーチは際立っていた。「おもてなし」の日本語の意味を前面に出し,オリンピックを歓迎する気持を素直に表現していた。この言葉は,彼女自身の発案だという。フランス人の父を持つヨーロッパの環境を知り尽くした彼女の感じる「おもてなし」が日本人をアピールする最も適切な言葉として感じたようである。これは純粋な日本人にはなかなか無い発想である。お客に対する日本の習慣としてあまりにも当たり前のことだからである。
安倍総理のスピーチも際立っていた。汚染水漏れなどメディアからの攻撃をきっちり受けとめ,安全であることを数値で示し,国として全力で取り組むことをアピールされていた。また,IOC委員からの質問にも,具体的な数値をしめして,科学的論理的な的確な回答だった。
どのスピーチが,と云うより,日本のチームとして,非常にバランスが取れ,且つ一人ひとりが持ち味を存分に発揮したスピーチで,海外の人にアピールする最高のプレゼンだったような気がする。決定後のマスコミのプレゼンに対する評価も高い。非常に快いプレゼンを観ることができた。
オリンピック開催の波及効果
オリンピックは,現代の若者に大きな夢を与える。久しく活気のない若者から,弾ける瞬間でもある。スポーツ選手はオリンピック出場を夢見て頑張るだろうが,何かと明るい話題が少ない日本で,若者達がオリンピックを通して元気になってくれるだろうことを願う。また,若者だけに留まらず,日本中が大きな夢を持ち,心を一つにして,オリンピックに向けての持てるエネルギーを発揮し,半世紀前の東京オリンピックのとき同様に,大きく飛躍する日本を期待する。
経済効果もいろいろ囁かれている。アベノミクスの第四の矢が放たれたと云う人もいる。オリンピック関連のインフラ整備に留まらず,56年前の日本の成長のトリガとなったように,経済効果が上がり,高度成長期の再来までは行かなくとも,日本が再び成長軌道に乗り,明るく元気になることを願うばかりである。
何はともあれ,オリンピック開催が決定したことでマイナスになることは皆無に近い。諸手を挙げて歓迎したい。そして,日本人一人ひとりがこれを契機に頑張り,力強い日本を目指すよう努力したいものである。
2020年,東京オリンピック開催決定,バンザーイ!!!
[Reported by H.Nishimura 2013.09.09]
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