■メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ 2  (No.295)

家電業界の再生は? どのように逆襲できるか?

 ○負のスパイラル

家電業界が怪しくなってきたのは2002年頃で各社赤字に落ち込み,リストラを大幅にやったことがある。定年間際の人が早期退職してくれるのは会社にとっての狙いであったが,実はこのとき若手の優秀な技術者も会社を離れることになった。退職金を割り増しで貰って,腕の達技術者はのどから手が出るほど技術者を欲しがっている韓国や台湾などのアジアのライバル企業であった。

私の知る限りでも,サムソンに多くの日本の技術者が引き抜かれていた事実がある。その人達の持つ日本の技術を獲得するためで,必要な技術が判れば,2,3年で役目御免で終わりとされた人達も多い。日本の技術流出がこのような形で行われたのである。リストラの憂き目にあった技術者にとっては,生活するために自分の持っている技術を渡すことは致し方ないことだったのだろう。

このように新製品創出に必要な技術者が流出して,韓国のライバル企業に日本の技術が流出すると,安い物づくりで技術的に同等の製品ができるようになり,ますます日本企業は苦しくなっていったのである。その勢いは止まるところを知らず,一気に日本企業を置き去りにするまでになっていった。日本企業は苦しい経営状況からリストラして凌ごうとすると,さらに技術者が流出して,新製品開発ができなくなる。この負のスパイラルに家電メーカは陥ってしまったのである。

今日家電業界がある苦境は,このような負のスパイラルから発生した結果である。

 ○サムソンの台頭

デジタルテレビの戦略の違いも大きいようである。日本の家電メーカは技術に自信を持っていたので,最先端の技術をブラックボックス化して,競合に差を付ける。独自の技術開発を続けていればメイド・イン・ジャパンの新しい商品が続き,経営基盤は揺るぎないものになると信じ,技術で差別化する戦略を取っていた。優れた技術価値が市場価値だと見誤っていたのである。

その一方,サムソンは技術に拘るのではなく,既に他企業で開発が終わっているものは開発を追いかけるのではなく,購入することを前提にして,売れる商品を作ることを最優先にすると云う戦略だった。技術で差を付けることより,売れる商品開発で市場を押さえ込もうとする戦略である。

この戦略の違いも,今日の日本の家電メーカを苦境へ追いやったのである。市場の声に素直に耳を傾けることをせず,技術の優れた製品は売れるはずだと,高い目線から顧客をみてしまっていたようである。安い大衆製品ではなく,北米の富裕層を対象にした大型の高級製品で利幅が大きいところに狙いを定めていた。日本の技術を高く売り込める市場だったからである。ところが,これがリーマンショックで脆くも崩れ去り,日本の家電メーカが一般大衆層へ狙いを転換したときには,既にアジアの市場はサムソンで席巻されてしまったおり,日本の家電メーカが入り込む余地はなかった,と云われている。

特に日本のものづくり技術が陳腐化していった背景に,家電商品のコモディティ化が挙げられている。以前は日本のものづくりでしか品質の良いテレビが作れなかったが,昨今は標準部品とメインのICを集めてくると,日本のものづくり技術を要せずに高品質なテレビが作れてしまうようになってしまったのである。このコモディティ化の流れが,アナログ時代とは比べものにならないほど早くなってしまっているのである。

 ○復活への新戦略の紹介

第二夜は具体的に復活させようとしている事例の紹介があった。

例1.忘れかけていたものづくりの原点へ(三洋電機→ハイアール)

ハイアールのCEOは松下幸之助や稲盛和夫の著書を経営のバイブルにしているという。

工場長の役割を現場の生産やコストダウンだけでなく,経営全般,即ち,販売から製品開発まで考えるように変革してきている。要は売れる商品のものづくりに意識が変わってきたという。映像では工場長が経営者として立ち振る舞っている姿が映し出されている。中国メーカに買収されて初めて,日本のものづくりの原点に返らされたと云える。

例2.ライバルこそパートナー(ダイキン工業)

エアコンで有名なダイキン工業は格力電器(中国)と組んでいる。格力電器は世界最大の生産能力を持っていると云う。ダイキン工業はインバータ技術を提供する見返りとして,格力電器の販売網を利用することで販売増加を狙っている。中国市場を席巻するための戦略で,スピード決断がものを云うといわれている。

経営者の見解では,こちらに高い技術があるからライバルとも組むことが可能になる。要は普及させるためにコア技術を提供しても,呑み込まれてしまうのではなく,ライバルの持つ販売網を利用してマーケットを席捲してしまう戦略である。これは,半歩先取りすることが決め手で,躊躇していたり,コア技術を自分だけのものにしていては販路が広がらず,結果的に手遅れで宝の持ち腐れになってしまうのである。

その他の例として,コクヨ,キリンビールも同じような戦略を打って出ている。円高を活かしている。

例3.超継続が革新を生む(東レ)

技術の陳腐化が問題になっているが,それを克服した繊維産業がある。それが東レである。炭素繊維でグローバルシェア40%を確保していると云う。釣り竿,ゴルフクラブに使われ,さらには航空機に使われている。元々,開発目的は航空機にあったわけではなく,何に使うかは決まっていない状態で,黙々と開発していて,開発が終わった段階で,何に応用するかを検討したと云う。

同じことを長年地道に繰り返すことで,他のライバルが容易に追いつけない領域まで達しているから,大きな差別化ができているのである。東レの方針は,研究開発費は長期戦略で考えることになっており,短期的な損益で判断はされないようである。企業にそれだけ十分な体力があるからできることなのだろう。また,継続することが生命線なので,ベテラン技術者が活躍し,その持っている技術を若い世代へ継承していくことに重きを置いていることも特徴の一つである。

東レでも世界的に有名な3Mのように,拘束時間内の20%は自由研究に使える時間を与えている。技術者が自由闊達に研究開発できる土壌を作っており,技術者の評価も加点主義(減点主義ではない)が徹底しているようで,この点が家電業界が持っている常識とは違っているようである。

例4.ジョブスが認めた日本の強み(アルプス電気)

スティーブ・ジョブスがオバマ大統領に経済再生の処方箋を問われて,答えたことは,「3万人の技能者が要る。博士号は要りません。天災である必要もない。熟練の技能者が必要。」だったと云う。このことは何を示しているか。技術開発は,天才的なスティーブ・ジョブスのような人が必要と思われているが,実際には独りでできることは限られており,多くの技術者の陰なる努力の結晶が製品化できるのであって,そのベースになる幅広い技術力が重要だと云うことである。

経済を活性する早道はない。研究開発費を惜しまず技術者が活き活きと活躍できる場を提供し,そうした技術者がモチベーションを高く持って努力した成果の積み重ねが結果として新製品を生み出し,経済を潤す起爆剤になるということである。

アルプス電気はアップルの製品に搭載される機構部品を作っている。スティーブ・ジョブスからの難しい注文にベテラン技術者が何とか応えてきたと云う。ジョブス自身,日本の物づくりの素晴らしさに感銘を受けたそうだ。彼は商品コンセプトを考えるのは素晴らしく優れていたが,それをどのようにものづくり活かすか学びたくて工場へ直行していろいろな質問を投げかけたと云う。この物づくりから学ぶ姿勢があってこそ,素晴らしい製品を生み出す名プロデューサーなのだろう。

 ○逆襲のカギはプロデューサー

本田宗一郎,松下幸之助,井深大,早川徳次など歴代のリーダは知の結集ができるプロデューサー的存在だった。知を総動員して人々の動機付けする場を作り,場と場を繋げて,組織全体あるいは組織グループ全体でそれを実現していった人々である。と野中郁次郎教授は云う。

  1. 家電業界に新風を吹き込もうとする新たなプロデューサーを紹介。ネット家電の新たな産業を創る。スピード感が全くないのに辟易して会社を飛び出しベンチャーを創っている。
  2. 電動バイクをフィリピンで普及させようとしているベンチャーの紹介。
  3. 大企業がプロデューサーとなってベンチャーを支援

新しい組み合わせが容易になってきているので,ネット上で繋がることで新しいベンチャーが出来上がる。こうしたネット社会を活かした若いプロデューサーが出てきており,こうしたやり方に,日本の物づくりが発揮できるチャンスがあるのではないかと結んでいる。

  逆襲のシナリオを見て

二夜に亘って放映された内容を見て,家電業界の再生のヒントは紹介されていたが,果たしてこれらが本物の再生に繋がるかどうかはまだまだ疑問符が付く。原点復帰からの再出発そのものは重要なことであるが,どれだけ組織全体に浸透して,従業員一人ひとりまで行きわたっているのか判らない。

ただ,韓国メーカ,特にサムソンと比較して,日本の技術力が劣ってしまっているとは思わない。まだまだ日本の技術力の底力はあると思う。それがジョブスの云うように,技術者の広い裾野で培われている技術力を結集して製品化することを続けることが,やがて家電業界の再生に繋がり,日本経済の復活に繋がるだろう。それを短期的な損益で切り捨ててしまうようなことがあってはならない。

長期のことより今日,明日のことが,と云うのが家電業界の今の偽ざる実態ではないかと思う。でも,10年掛かってサムソンに負けてきたことが,1年や2年で逆転することはあり得ない。日本の技術力の良さは,地道な積み重ねで,基本的な部分がしっかりしたところである。その良さは,サムソンには無いだろう。お金にものを言わせて,買い集めることは容易な道ではあるが,キー部品の技術は購入先に握られている。昔のテレビ業界がそうだったように,良い部品を集めて物づくりしている状態は必ず限界が来る。

部品メーカとの分業を否定するわけでは無いが,コア技術を自社に持たない箱物製造メーカで未来永劫勝ち続けることはできないと思っている。韓国メーカに逆襲するシナリオとして,プロデューサーも必要だが,地道な部品開発など,基礎的な部分の開発を自ら進めている企業がどんどん出てくることが経済再生への道ではないかと感じている。もちろん,それらの部品が顧客の感動を呼ぶ製品に繋がっていることではあるが。

いい加減にこの抑圧された経済状態から脱却したい!!

技術者よ,奮起せよ!!

 

[Reported by H.Nishimura 2012.11.12]


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