■山中伸弥教授がノーベル賞を受賞 (No.291)

今週は,ノーベル医学・生理賞にiPS細胞(induced pluripotent stem cell)(人工多機能性幹細胞)を作った京都大学の山中伸弥教授が受賞されたことに日本中が沸き立った。誠に,喜ばしい明るいニュースであった。テレビ報道など通じて,いろいろなことを学んだ。山中教授の言葉(語録)から感じたことを述べてみよう。

 ○感謝

「受賞できたのは日本という国に支えられた賜物である。当に日本国が受賞したと感じている。10年前に奈良先端科学技術大学で初めて研究室を持つことができ,その後京都大学でiPS細胞の研究が持続できたのも日本国からの大きな支援だった。感想を一言で述べると感謝と云うことに尽きる。京都大学の皆さん,高橋君を始めとする多くの同僚,若い研究者の皆さん,いつも励ましてくれている仲間,家族に心から感謝したい。80を超える母親に報告できたことが本当に良かった。」(受賞当日のインタビューより)

<感想>

最初に出た言葉が「感謝」だったことは,如何に苦労されたかを物語っていると同時に,その苦労に対し,いろいろな方面からの支えがあったと云うことである。特に,資金面の苦労はマラソンなどを通じて募金を募るなど私達の知らないところでなされていたようである。特に,世界から注目を浴びるようになってからであるが,国からの支援も大きいものがあったようである。事業仕分けなど国家予算が見直される中で支援を受けられたことは,それだけこのiPS細胞の重要性が認識されていたと云うことだろう。

今まで18人のノーベル賞受賞者がおられるが,最初に「感謝」と云う言葉が出た人は初めてだったと思う。もちろん,どの受賞者も自分一人で為し得たとは思われていなく,多くの支援者が居て,その人達に感謝の気持ちが無かった訳ではない筈である。ただ,感想の一言が「感謝」と云うのは,その人柄と共に,謙虚な気持がこのような大きな賞を受賞する下支えになっていたのだと思う。我々でも,いろいろな人のお陰だとは感じていても,なかなか口に出して言うことはできない。

 ○幸運に最後のベールの1枚を開いた

「科学は何枚も重なる真実のベールを一枚ずつ剥がしていく作業。運良くある一枚を引き当てた人だけが注目を浴びるのは,フェアではない」(ラスカー賞受賞 2009年)

「ジョン・ガードン(博士)先生の仕事がなければ,私達の仕事はなかった。過去の50年間にキーとなる研究をした先生は多くいる。その中で私達がiPS細胞を  10年前にコラムに書いたことがある。研究者の仕事は真理を明らかにすることである。何枚ものベールで覆われたものを一枚一枚剥がすのが仕事。殆どの場合,次のベールが見えるだけで真理は見えてこない。ラッキーな研究者がたまたま剥がしたのが真理が見えることがある。しかしどの一枚も等しく大切な一枚。私達がやったことも,最初にジョン・ガードン先生がめくられた一枚を,その後何枚か後にめくったら,iPS細胞が見えてきた。ある意味幸運といえるが,それまでの一枚がどれも大切と云う気持は今も同じで,忘れていないし,決して忘れてはいけない。若い研究者にも忘れて欲しくない。」(受賞当日のインタビューより)

<感想>

この言葉は,如何に基礎研究的な仕事が地道な努力の積み重ねであることを示している。一般の人にも判りやすい解説である。自分がラッキーな一枚を引き当てたと謙虚さと共に,それまで地道な努力をしていながら報われなかった人に対する研究者としての思いもよく判る場面である。ノーベル賞を受賞するような大仕事であれば,人が簡単にできるようなものではなく,人が見向きもしないような仕事を,自分の信念(目標が達成できる筈との)を基に,来る日も来る日も先の見えない真実を求め続けることである。普通の人は途中で諦めてしまうのである。

基礎研究開発ではないが,開発の仕事にもいろいろ携わった企業戦士の一人としては,十分納得できる部分と,技術者は必ずしもそんな人ばかりでは世の中に役立たないとの思いがした。

つまり前者は,企業でも基礎研究などに携わっている場合である。企業なので最終的に商品化に結びつかなければ,仕事している価値が認められない。しかし,商品化の基礎になる研究などをしていると,そう簡単に成果が出てこない。それこそ,ベールを剥がしても剥がしても成果が一向に出てこないと云うことがよくある。研究者としてもなかなか理解者が得られず非常に苦しいことである。ただ,研究者自身は必ず大きな成果の芽が出ると信じて止まない。後述するが,1割の確率の成功でも研究者としては十分とされる。

理解ある上司が居れば良いが,上司によっては2年も3年も成果が見えないと,その研究を止めてしまう決定をする。成果が徐々に見え始めていたり,後1年で明らかに成果が出ると判っていれば別だが,2,3年も成果のでない状態が続けば諦めるのが普通である。その研究の素質が良いか悪いかはなかなか見極めが難しく,結局,時間軸で判断してしまう。これは企業では致し方ないことである。特に,昨今のスピード勝負の世界では当然の結末である。

後者は,研究開発ではなく設計など商品化に近い仕事をしている技術者の方が多いことである。つまり,2,3年も成果が出ないような仕事ではダメで,プロジェクトなど限定した期間で成果を求められる仕事をしている技術者である。そうした技術者が成果が出ないからと,研究開発の仕事のような言い訳をしてはならないことである。ソフトウェア開発・設計やハードウェア設計は,定められた目標に対して,マイルストーン(中間目標)を定め,確実に進展していることを確認しながら進める仕事であって,これが少しずつの成果が見えずいつかは成果が出るとズルズル期限が延びていくのは非常に拙い。やはり,設計のような確実に進展していく仕事は,計画通り成果を上げて行くことが重要で,多くの技術者はこの領域に居ることを自覚していなければいけない。企業の中で働くサラリーマンとしては当然求められることである。これは,比較対象ではないが,山中教授などの仕事とは質が違う。

 ○1割バッター

「野球は3割打つと大大打者で,3割5分を打つと首位打者ですが,研究は1割バッターであれば大成功と思っている。学生にもそういってきた。1回成功するために9回失敗しないと1回の成功はやってこない。これは日常のたいへんなストレスである。打率が1割と云うことは,たまにはヒットが続くことがあるが,何10回やっても失敗が続くことがしょっちゅうある。本当に止めたく,泣きたくなることさえあった。」(受賞2日目のインタビュー)

<感想>

正直,1割バッターだと,企業ではなかなか認めて貰えない。ノーベル賞を受賞するような大発明に成功されたからであって,残りの9割のままで1回も成功しない人は数多くいる。そういった人を激励する言葉ではあるが,現実には,自分が失敗ばかりしているようでは,人生の失格者のように感じてしまうのが普通ではないかと思う。

その点,学生達を鼓舞激励する立場の教授として,心底研究者の立場をよく理解されていると感じる。また,こういう教授の下で仕事ができるから,失敗にもめげずに頑張ろうという勇気が沸いてくるのだろう。ノーベル賞とまで行かないまでも,数多くの業績が出ているのはこうした優れた上司が居る職場である。

詳しくは述べられていないが,教授の役割は,目標を定めビジョンを明確に示すことだとも言われていたが,当にこの目標設定やビジョンが明確でなければ,どれだけ我慢強い研究者でも,暗闇の中に置き去られたような不安を感じるばかりで,目標を見失ってしまったのではないかとも感じる。

 ○研究者の9割が限定雇用者

「iPS研究所に200数十人の研究者が居るが,その9割が任期付きで雇用している研究者,技術者や事務職員である。iPSの実用化までには,まだまだ時間を要し,競争的資金(募金など)に頼らず,人員を確保できる基盤的な経費が必要。全員とはいかなくても,企業の正社員のような終身雇用できる体制にしたい」(受賞当日のインタビューより)

<感想>

これは正直驚きである。京都大学の立派な研究所が正規雇用者が1割程度しかいないとの実態である。確かに成果がなかなか見えない研究に資金を援助することは困難であり,政府の事業仕分けからも判るように国からの援助も厳しい。今回は政府からの資金援助もあるようだが,未だこのような事態で困っておられることは見直しが必要である。

確かに,研究機関名称されていても,地道に働く研究者や職員への支援は薄く,支援資金も天下りの官僚などが横取りしてしまうような機関も多いようである。これでは,本当の意味の研究支援でなくなる。少なくとも,iPS細胞の研究はこれからが正念場であり,こうした研究者無しには世の中に役立つものへと発展することが困難である。是非とも,教授の申し出の通り,若い研究員も更にモチベーションが上がる正社員雇用の体制にもっていって欲しいと願う。

 ○ジャマナカと言われ

「山中教授は人生で何度か挫折しているという。その一つが,整形外科医の研修生として勤務して,普通の人が20分で終える手術に2時間も掛かるほど手術が下手だった。そこで,仲間からは「ジャマナカ」と呼ばれたと云う。これでは臨床医として一人前になれない。それで整形医を止め,基礎医学に進んだと云う。かっこよいもう一つの理由は,担当していた女性のリウマチ患者の元気なときの写真を見せられ,その変貌振りにショックを受け,悪化する病状に為す術もない整形医として,手術の上手下手には関係ない医療としての限界を感じて,患者の役に立つ基礎医学への転身を決心したと云われている。」

<感想>

挫折にめげずに頑張ることを言うための一例であるが,仕事には向き不向きが必ずある。一寸囓っては次へと次々転身するのは良くないが,自分に合った仕事かどうかを見極めることは必要である。学生時代に良い職業だと思って選んだ道も,必ず現実は予想通りではないことがある。

 ○iPSの名前

人工多機能性細胞をiPS細胞(induced pluripotent stem cell)と銘々したのは,山中教授自身で,通常ならIPSと略されるのに敢えて最初のIを小文字の「i」にしたのは,当時世界的に流行していた米アップル社の携帯音楽プレヤーの「iPod」のように普及して欲しいとの願いが込められてると云われている。

<感想>

これは山中教授が持つユーモアのセンスではないかと思う。

 

以上,山中教授のノーベル賞受賞を祝いつつ,感じたことを述べた次第である

 

[Reported by H.Nishimura 2012.10.15]


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