■伝統産業から学ぶ 5  (No.277)

最後に,伝統的工芸品の一部の現場を視察させてもらって,今後,伝統的工芸品が伝統産業として経営,維持させていくかについての見解を述べる。

  伝統的工芸品を如何にして伝承するか

   @技術・ノウハウの伝承プロセスを確立すること

伝統的工芸品の幾つかを見学したが,いずれも各々特長ある固有の技術・ノウハウがあり,どれも優秀なものであるが,それらの技術・ノウハウを伝承する技術・プロセスができていない。若手に継承されている部分も一部には見受けられるが,それも職人としての親方・先輩の技術・ノウハウを盗み取るスタイルである。

技術・ノウハウそのものが職人固有に身に付けた訓練・修業の賜物で,仕様書や設計図に表せない肌感覚的なものなど微妙な部分が多いことは頷けるが,そもそもドキュメント化するなど暗黙知を形式知化する文化が殆ど見られない。しかし,伝承にドキュメント化して形式知化することは知識の伝承で必要不可欠な部分で,これによって伝承されやすくなる部分は大きい。大量生産の工業製品はすべてドキュメントによって技術の伝承が行われている。もちろん,暗黙知でドキュメントだけでは伝承できない部分もあるが,伝承するには形式知化することが先ず第一歩である。

大量生産の工業製品ができて,伝統的工芸品の手工業中心の製品ができないことはない筈である。そうして伝承技術のノウハウを熟知していないから,従来のやり方が続いているだけにも見える。確かにドキュメント化するにはそれに要する時間や労力が必要で,少ない職人がそうした時間を見出すことができない実態もよく判る。ドキュメント化の効果がすぐに出ず,或いはドキュメント化できる部分は当たり前のことで肝心な技術・ノウハウはドキュメント化が困難かも知れない。しかし,本当にその固有の技術・ノウハウを次世代に確実に伝承するには確実な伝承プロセスを確立することではないか。この伝承プロセスが疎かになっているように見える。

   Aトータルコーディネートできる人を養成すること

伝統的工芸品の多くは,特長ある固有の技術が一つで成り立っているものではない。幾つかのプロセス,多いものは20工程ほどのプロセスを経て,半年,1年掛けて出来上がるものも少なくない。ところが,伝統的工芸品が一つの工場ですべてのプロセスを保有しているのではなく,幾つかの家内工業的なプロセスを経て仕上がっており,重要なプロセスをそうした家内工業的なところが握っていて,そこに頼らざるを得ないような実態も見受けられた。

聞く限りにおいては,どうもプロセス全体を管理・運営している人が見当たらない。つまり,固有の優秀な技術を持った小さなところを寄せ集めて伝統的工芸品として仕上がっている部分が見受けられる。もちろん,取引契約など商業上のやりとりはきっちり守られていることと思われるが,長い工程の中にはボトルネックとなっている工程があるようである。即ち,後継者が育っておらず,その人だけが頼りになっていたり,工程によっては技術・品質的に劣化していることが判っていても手の出しようがない状況下になっているところがあるようである。

伝統的工芸品の主要な技術を中心に展開されているところでも,家内工業的な固有技術まで内部に取り込むことは困難なようで,他人頼みになってしまっている実態が伺えた。つまり,保有する自社の技術の伝承で手一杯で,他の工程に手を入れる余裕が全くない状態なのである。他の工程が危ういと感じつつも,何もできていない状態である。

伝統的工芸品として一つの産業として見るならば,全体プロセスをコーディネートできる人が不可欠であり,そうした人が居ない状態ではいつ何時,伝統的工芸品が作れない状態がきたり,極端に品質が劣化したりする事態が起こる可能性がある。全体プロセスのどの工程がボトルネックになっているか,それは生産上だけでなく,品質維持はもちろん,技術・ノウハウの継承に関しても把握し,早い段階で適切な手を打つことができる人が必要である。

   B伝統的工芸品の定義の見直しをすること

今日の環境下では伝統的工芸品の条件そのものに矛盾が生じてきている。今ある伝統的工芸品の中から,伝統産業として育成するか,文化遺産として希少価値を大事に保存するかを見極め,伝統産業として育成,展開を図るものについては,プロセスの機械化,原材料の範囲拡大など,産業として経営基盤の成り立つ条件への発展拡大が必要不可欠である。

一つの技術が何世代も続くことは素晴らしいことであるが,それだけでは時代の変化に対応した産業として成り立つことは困難である。時代の変化に対応した技術革新が必要であり,これまでの特長ある固有の技術・ノウハウが遺され,商品に活かされれば良いのではないか。手工業に拘り続ける必要性はどこにあるのか?機械品は手工業品より劣るとの認識が未だ残っているのだろうか?手作りと同じ品質が機械化で十分まかなえる時代である。これまでのように日常使われなくなり衰退の一途を辿っていくのを惜しんでいるだけでは,或いは国や市に頼っているだけでは,産業として経営することは困難である。

ただ,商品としての衰退は顧客,即ち消費者が選択して決めることであって,技術・ノウハウがどれだけ高いものが入っていてもその価値は消費者が決めることになる。つまり,消費者に日常品としての価値にノーを突きつけられた商品は衰退を余儀なくされることになる。その厳しさを十分認識しても良いはずである。今のやり方,自分たちが誇りにしてきた工法に拘り続けることも大切だが,そこに自惚れはないだろうか?伝統的工芸品として産業として成り立たないと判断すれば,その中の固有の技術・ノウハウが突出して希少価値が高いものは文化遺産として認めれば良いのではないか。

伝承プロセスが無い状態での継続には限界がある

伝統的工芸品の拘りを見直せ!

  

[Reported by H.Nishimura 2012.07.02]


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