■コダック社の破産法申請  (No.255)

1月19日,米映像機器大手のイーストマン・コダック社が破産法の適用を米連邦地裁に申請したと発表があった。約130年の歴史を誇るコダックは写真フィルムで一時代を築いた米国を代表する名門企業だが,デジタルカメラの普及など市場の変化への対応が遅れ,業績低迷から抜け出せなかった,と報じられている。

コダックの写真フィルムには懐かしい想いがいっぱいある一人である。学生時代からカメラが趣味の一つで,風景写真を撮りまくっていた。それも,富士やさくらのフィルムでは出せない色合いをコダックは実現してくれ,ずっとコダックのフィルムを愛用し続けていた。富士は緑や青の色合いが強く,さくらは赤やピンクの色合いが強調され,私が撮る風景写真を写真屋で現像・焼き付けをしてもらうと,何か自然色との違和感があり,多少高価ではあったが,コダック社の「コダクローム」や「エクタローム」が色の再現には忠実で,一旦コダック社のフィルムを使い出すと日本製のフィルムは使い物にならなかった。

それほどフィルム技術においては群を抜いており,当時は富士もさくらも「フィルムの巨人」には全く歯が立たない状態だったと思う。にも拘わらず,確かに日本では,コダックのフィルムのシェアはそれほど高くなく,富士やさくらが頑張っていた。と云うか,日米の関税障壁でも話題になったほどなので,どの程度関税が掛かっていたのか詳しくは知らないが,その争いも政治力を持ち込んだが結局は日本側の言い分が通ったようである。

写真に興味のない人には判らないが,微妙な色合いの違いは,大きく引き伸ばすと極端に出てくるもので,殆どの有名な写真家がコダックを愛用していた。もちろん,一般の写真サイズで日本のフィルムが見劣りするほど劣って居たわけではない。一般には十分通用する色合いだったことには違いない。

しかし,時代の流れはデジタル化で,アナログのフィルムが今日のように無くなることは明らかになってきていたが,フィルム事業で高い収益を上げていたコダック社は,日本の富士フィルムやコニカが,他の業種への転換を図りつつあった時代にも,フィルム事業に固執し続けていたようである。デジタル化の波に遅れたと評論家は切り捨てるが,企業経営において,事業転換の舵取りほど難しいものはない。結果から判断して,どの時点で転換すべきだったかなどと言うのは易いが,将来を予測していても,なかなか収益が上がっている中で転換するのは困難で,コダック社のみならず,多くの企業が痛い目に遭っている。電機業界のテレビ事業も似たようなものである。

デジタル化の普及で,今では私もすべての写真を画像データで保存し,必要なスナップ写真はプリンタで印刷している。一眼レフのカメラ自体も5年ほど前にデジタルカメラに代えてしまい,フィルムには一切お世話になっていない。写真屋に出して印画紙に焼き付けられて見る楽しみは無くなってしまった。撮ったその場で,液晶画面で見ることができる。昔はフィルムの現像代などが掛かるため,狙いを定めて撮っていたが,最近は画像データでの保存なので,不要な画像は消去するだけでよく,シャッターを切る回数は,明らかに倍増,どころではなく何倍も多くなっている。色合いの再現も,プリンタの技術向上でだんだん良くなってきている。

コダック社のフィルムでの色合いに,プリンタが近づいたかどうかは微妙なところであるが,少なくとも私が経験した日本のフィルムの色合いの再現性よりは優れたものになっている。写真印画紙と比較して,保存年限など詳細な部分の技術レベルは未だ十分に把握できていない。ただ,一般にスナップ写真として焼き付けるには十分なレベルである。まして,カメラ技術の向上の賜物であるが,素人でもシャッターチャンスを上手く掴めば,プロ並みの画像が撮れ,また撮影後の修正が容易に出来ることを考えれば,技術の進歩はすごいものである。

如何に技術力で突出した力を持っていて競合他社を寄せ付けない企業でも,時代の流れと云うか,アナログがデジタルに代わって行く流れに抗うことはできなかったのである。アナログとは云え,フィルムの技術はすばらしいものであっただけに,その優位性に固執しすぎた,特に利益を出し続けていたことが仇になったといえる。技術者としては,素晴らしい技術をもっと活かしたいと願う気持はよく判る。ただ,写真家を除いて多くの顧客の求める価値は,ある程度きれいな写真,すぐ見ることのできる写真なのである。

写真に興味があったのでその経緯がよく判っているが,デジタル化も当初はアナログの写真とは雲泥の差があり,とても見られたものではなかった。とても現在のようなきれいなデジタル写真になるには,メモリが膨大な量を必要とし一般に安価になるのは実現が難しい。せいぜいスナップ写真がきれいになる程度かと感じていたが,技術の進化は早く,メモリが急激に安価にできるようになり,画像技術も進化して今日に至っている。

こうした時代の流れに,コダック社は追随できなかったのであり,企業を預かる経営者には,他山の石としていただきたい。

技術優位性が,ときには足枷となる(大きな流れの変化に追随できない)

[Reported by H.Nishimura 2012.01.30]


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