■先人の知恵 (No.065)
今日5月5日は「端午の節句」である。我が家には,五段飾りの五月人形が所狭しと飾られている。これについて,「先人の知恵」と云うと仰々しいが,なるほどと体験したことがあったので紹介する。
五月晴れの空に鯉のぼりが上がる季節だが,大阪では見る機会も殆ど無い。年始めに私の長男に第二子が産まれ,次男になるが,近くに住んでいるので折角だから祝ってやろうと,五月人形を取り出してきて飾ることになったのである。実は,この五月人形は私の息子のときのものである。つまり30数年前のものを飾っている。狭い家なので,殆ど使うことのない五月人形を置いておくスペースはない。だから,実家の蔵(土蔵)の中にしまい込んでいたものを持ち出してきたのである。
五段飾りとあって,置く位置も判らない。そんなことがあろうと,昔に飾ったときの写真を入れてある。それを頼りに位置を確認しながら,女房と二人で半日がかりで飾りつけた。我が家で初節句の祝いをしたが,当の本人は生まれて半年にもならないので,何も判っていない。上の長男であるもう少しで4才になる孫もそれほど関心がない。喜んでいるのは我々夫婦だけかも知れない。五月人形の飾りのすべてが30年も経ったというのに,虫一つついていない。もちろん,人形などあるので防腐剤など一切入れることができないので,何一つそうしたものは入っていない。それでも,色あせも全くない,30年前のものそのものである。その秘訣は,実家の蔵にある。
一般家庭(現在の建物)で30年以上も保管しようとすれば,必ずといってよいほど虫に食われたり,色褪せたりするもので,全く変化が無い状態で保管することは困難である。ところが,蔵と云う保管庫に入れることで新品同様の状態が維持されているのである。確かに土蔵は30cmを超える厚みの壁で作られている。真夏でも,中に入ると冷んやりするほどの一定な温度である。電気類は一切なく,時代劇に出てくるイメージそのものである。
私の実家の蔵(土蔵)は,詳しくは判らないが,約200年程度経っていて,江戸時代の末期に建てられたものである。蔵の中に入っているものの中身は両親,或いはその先代からのものが多く,詳しくは判っていないが,古い食器類などが収められている。昔は,行事があると,この蔵から食器や座布団などを持ち出して振る舞いをしたようである。だから食器類も古い木箱に入っており各々20枚は揃っている。ここ30〜40年は使ったこともない。私の昔の記憶では,祖母の葬儀のときに,親類や近所に食事を振舞ったとき以来である。だから昨今は,物置になっている。
蔵の構造は,入った左手に階段があり,階段の下は,階段と一体になった戸棚である。その階段を二,三段上がって天井を横にすべらせると,引き戸になっており二階に通じる入り口が開く。二階は古めいたタンスなどが置いてある。窓は,一階に1カ所,二階に小さな窓が2カ所あるだけである。外の物音も殆ど聞こえない。蔵の入り口は,三重構造で,一番内側が風通しも聞く網戸になった,といっても最近の網戸を連想すると全く違う,厚みが10cm程度ある戸である。その次が,木の引き戸である。通常は,この二重の扉を使っている。その外に,土壁の30cmは超える開き扉がある。これを閉めたことは殆どない。聞き伝えでは,火事になっても中のものは大丈夫なので,保管庫としては最適なものだったようである。この連休に蔵に入って捜し物をした。鯉のぼりがどうなっているだろうと。五月人形は初孫のときに30年振りに取り出したが,鯉のぼりは大きすぎて飾るところがないので,放っておいたが,とあることから,どのような状態になっているか確認したかった。蔵の二階から見つかったが,これも五月人形同様,真っ新の状態で,吹き流しと,真鯉,緋鯉,子供の鯉が保管されていた。息子の時代には,実家で親父が立ててくれ,大空にたなびく勇姿を見たものだった。昨今はこうした風景が実家周辺でも殆どなくなってしまっている。何となく,うら寂しい感じがしないではない。
五月人形といい,鯉のぼりもそうだが,30数年経っても,真っ新の状態で保管できている蔵のすばらしさを改めて知った次第である。当に先人の知恵の結集を,身をもって体験させられたのである。
[Reported by H.Nishimura 2008.05.05]
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