■イージス艦衝突事故から考える(No.056)
海上自衛隊のイージス艦「あたご」が漁船と衝突し,漁船が真二つに切り裂かれ乗組員2人が船外へ投げ出され,行方不明になっている事故が報じられている。自衛隊の不祥事が相次ぐ中で,あってはならない事故が起こってしまった。連日,マスコミでは,新聞各紙,テレビなどいろいろなことが報じられている。マスコミでしか知る由もないが,いろいろ考えさせられる点はいくつかあるので,それらについて述べてみよう。
事故の発生
事故発生は2月19日の未明の4:07分,マグロはえ縄漁船「清徳丸」と千葉県の野島崎沖40キロの付近で起こった。漁船は「あたご」の艦首付近と衝突して船体が二つに割れ,乗組員2人が行方不明になっている。漁船は前後引き上げられたが,中央にあった操舵室が見つかっていない状態である。「あたご」はハワイでの訓練を終え,横須賀基地に帰る途中だった。
事故の原因
事故の原因は,海上保安庁などの捜査が行われている最中であり,その結果を見なければ判らないが,報道で知る限りでは,イージス艦側に責任があるようである。衝突事故なので,一方的にイージス艦だけが悪いとは云えないだろう。事実,衝突を避けた漁船もあったことを考えると,小回りの利く漁船が少しでも機転が利けば,命の危険性を侵すようなことにはならなかったのではなかろうか,と残念である。ただ,マスコミで報道されるご家族の様子を見ていると,第三者が軽々しく言えることではない。本当に,お気の毒でならない。
イージス艦のような大きな船艦は,ハワイからの大海原を走行するときは自動操舵でもよいが,日本の近海で周りに漁船が一杯居る中での自動操舵は,明らかに「そこのけそこのけ」的な横着振りと云われても仕方がない。自衛艦でなくても,大きな船は手動操舵に切り替えるようである。それが海の掟である。また,いくつかの漁船は衝突しまいとUターンしたり,舵を切って逃げている。これらは,当に自衛艦「あたご」の自惚れで,漁船の方が避けてくれると思っていたようである。
また,報道によれば,衝突の危険が迫れば,警笛を鳴らせて,相手の船に注意を促すそうである。今回,それも出来ていなかったようである。そうすれば,警笛に気づいて,漁船が回避できた可能性もある。イージス艦に照らされて,漁船の方も大きな船が近くに迫っていることは気づいていたとの話もあるが,双方になぜ,衝突を避ける策が採れなかったのか?警笛を鳴らさなかったのは,見張り役でなく,士官の判断のようだが,艦長はじめ眠って居る人が,飛び起きるような音がするらしい。だから,敢えて警笛までは鳴らさなかったのでは,との見方もある。
また,最新艦として最新鋭のレーダー装置も搭載していたようだが,小さな漁船(イージス艦の1000分の1らしい)を,最新鋭のレーダーでなく,普通の船のレーダーで十分確認できるようである。専門家によれば,漁船が周りに一杯居ることは判っていた筈だとのことである。それなのに,なぜ,自動操舵を続けたか?見張り役が衝突12分前には,気づいていたとも言われている。(これも2分前との発表があって,後から訂正されている)漁船の方が避けるだろうとの奢りとしか言いようがない。それらを裏付けるように,今回のようなことが初めてではなく,以前からあったようにも報道されている。これまでは,上手く漁船の方が回避していたので,事故にならなかっただけ,との見方もある。
また,未明の4時と云う時間帯が,見張り役などの交代時期で,26人もの監視員が全員交代したとも云われている。ここでの見張り役の情報が,上手く交代要員に伝達されていたのか,と云う疑問も呈されている。危険が迫っている状態での交代は,時間が来たとはいえ,正しい判断だったのだろうか?
艦長がその後,被害者宅や漁業組合にお詫びに行っている。その様子からは,申し訳ないことをしたとの姿勢が伺えたが,漁船が周りに多く居る認識がなかったとはどうしたことなのだろう。元艦長なる人の談話が報じられているが,いずれもこの海域では司令室に入って指揮を執っていると云われている。なのに1時間以上前に,仮眠を取っていたとは,何か油断があったのか,奢りか,或いは,そうした指揮を執るべき海域との判断は,個々の艦長の判断に任されているのだろうか?
事故後の対応
情報伝達の遅さについても,報道されている。防衛省によると,次のようである。
- 午前4時7分,事故発生
- 4時20分に海上幕僚監部へ
- 4時48分に統合幕僚監部へ
- 5時に経理装備局艦船武器課に連絡
- 5時40分ごろ秘書官から石破防衛大臣へ
- 5時55分ごろ,福田総理へ連絡,
- 6時5分,福田首相は,漁船員の捜索に全力を尽くすよう石破氏と冬柴鉄三国土交通相に指示
事故発生から1時間半以上経って防衛大臣に情報が届くようでは,危機管理の一番重要な防衛省にあって,全くなっていない。これについても,報告のルートのマニュアルはあるそうである。ところが,そのマニュアル通りに,判断すべき者がその通りには行っていない実態だったようである。つまり,マニュアルには緊急事態では,順番に上に報告するのではなく,直接大臣へ報告できるようになっていた。しかし,官僚組織では,直接の上司を飛ばして情報伝達することはタブー視されている。つまり,自分の上官が知らないで,大臣が知っていて,上からそんな情報が下りてきたら,とんでもないことになるようである。つまり,緊急時の訓練ができておらず,判断ができなかったのである。
事故の情報は,下から一段上へ,一段上は内容確認出来ない状態で判断できないから,部下へ詳細な事故内容を確認させる。その確認に手間取っていると,すぐに20〜30分ぐらいは経ってしまう。この繰り返しが一段上でも行われると,時間はあっという間に過ぎてしまう。定かではないが,いきなり大臣へ行かなかったのも,こうした官僚組織でのやり方が邪魔をしているようである。
石破大臣は,判った事実は包み隠さず皆さんにも報告しろ,と言われていたが,海上自衛隊の幹部の発言は,情報隠しとも思われない報告になっている。報告が曖昧で,極めて中途半端なもので,二転,三点している。これはますます疑われる材料を提供しているものでしかない。テレビで大臣は,現状では当時の乗組員との接触が出来ず,中立的な判断を下す海上保安庁の事情聴取を受けているようで,防衛省には以降情報が入っていないようである。それはともかく,情報を正しく伝達することよりも,自分の身の保身が優先されている結果,外からは情報隠し(本人の意志とは違って)としか,映らないのである。
後で判ってきたが,事故直後,海上保安庁の捜査が入る前に,石破防衛大臣以下,防衛事務次官,海上幕僚長などが,航海長を呼びつけて事情聴取していたことが判明した。しかも,海上保安庁に報告せずにやっていたようである。部下のやった不始末の一部始終をきっちり把握するのは責任者の役目であり,当然のことであるが,海上保安庁にも報告せず,こっそりやっていたのは口裏合わせをやったのではないかとの疑義がもたれる。どうでなくとも,いろいろ内部の問題が露呈して,情報を隠蔽する体質があると思われていた防衛省なので余計に勘繰られる。議事メモがあった,なかったとのやりとりなど,とにかく保身的な態度が見え隠れするのは,役人特有なのかもしれないが,とにかく判断基準が間違っているとしか云いようがない。
有事のときに本当に日本を守る能力があるのか
報道でも言われていることだが,今回の漁船がどこかの自爆船だったらどうだったのだろう。見逃した,引継が拙かったでは済まされない問題である。最新の設備を持った自衛艦と云われるイージス艦が,いとも容易く漁船と衝突するなど,考えられない無様な実態である。これが本当に日本を有事に守ってくれるのだろうか,と疑った人は多かったのではないか。軍事費に莫大な費用を投入している。それらは,我々が汗水垂らして働いた中から徴収された税金で賄われている。
必要な性能がどの程度かについては,全く判らないが,少なくとも今回のような小さな船に,激突されるようなことがあってはならないことである。もちろん,今回の漁船が激突してきた訳ではないが,イージス艦からすれば,衝突をするまでに回避する手段を即座にしなければならなかったはずである。日本海でのこれまでのできごとなどを考えると,今一度根本的な見直しが必要なのではなかろうか。
また,評論家の中には,現在のような平時での隊員のモチベーションの低下を指摘する人もいる。緊張感ある中で,モチベーションを高めることは誰しも容易にできる。ところが,今日の日本のように平穏無事の中で,自衛隊員が緊張感あるモチベーションを高める状態に維持することは並大抵のことではない。したがって,今回の緊急事案が発生しても,日頃から訓練されていないので,どうしてよいのか判らない状態になってしまっている。ぬるま湯につかった状態からの切換が出来ないのである。
それには,緊急時の訓練しかないようである。今回のような事案を模擬に発生したと仮定して,どのような処置をするか訓練を積み重ねることである。聞くところによると,日本特有ではなく,どこの国でも,平時でのモチベーションの低下には悩んでいるようである。今回の事故を良い教訓に,是非,有事できっちり日本を守ることができるよう,万全の施策をとって欲しいものである。
組織論で考えると
今回の事故発生から,対応の一連の中で,海上自衛隊の組織の拙さが浮き彫りにされている。つまり,一番の問題は,自分たちの役割意識,モチベーションの問題である。一国を守る使命感に燃えている集団組織であれば,いつ何時のテロの脅威も想定しなければならず,漁船に衝突するような手抜かりをするようでは,落第点である。また,事故後の情報伝達の悪さは,かなり硬直化した官僚組織以外の何物でもなく,保身とご都合主義そのものである。素人から見ても,一国を預けるには,全く信用がおけないと言わざるを得ない。今回の事故を契機に,もう一度自分たちの役割認識を見直すようにしてもらいたい。
また,平時が長い間続いて自衛隊員のモチベーションの低下があったとは云え,全く緊張感のない,どこにでもあるのんべんだらりの組織になってしまっていたのではないか。このことはマスコミ報道でも今ひとつ伝わってこないので判らない。これまで制服組の隊員たちは一生懸命やっているんだ。決して省内の不祥事はごく限られた一部の人間だ,と云われていた。しかし,現にこのような事故を発生させたことは,やはりどこかにゆるみがあったのではないだろうか。今回の事故発生から今日までの一連の流れを具に見てみると,そういった感がしないではない。
次の問題は,海上自衛隊の組織に奢りがなかったか,と云う点である。つまり,俺たちは国を守る仕事をやっている,だから偉いんだ。漁船員とは位が違う。だから,我々の船艦が通るとき,漁船は当然避けろ,と云う意識が全くなかったか?正面から堂々とそうだと言う海上自衛隊員は居ないだろう。しかし,内に秘めた意識はどうだっただろう。「奢り」がなかったと言えるだろうか。こうしたことに対しては,厳しい訓練の中で,国を守る意識,体力を育まれており,組織的な問題は少ないとの見方もできるが,やはり人間,権力を持つと,それを行使したくなるものである。権力行使までいかなくとも,見せびらかしたくなるものである。
もう一つ,今回の情報遅延の問題で,マニュアル通りの行動でなかったと云われている。いくら優れたマニュアルが出来上がっていても,それだけでは十分でない。なぜなら,そのマニュアルをつかって行動するにも,肝心なポイントでは,人の判断が入る。その,人の判断が鈍っていたら,折角のマニュアルが有効にならない。つまりマニュアル万能ではないのである。「マニュアル」のように仕組みをきっちり作ることは重要なことではあるが,それを有効に使う「スキル」が備わっていなければならないし,人が判断を下す場合のその人の状態「モチベーション」も大きな影響を与えることを十分認識しておかなければならない。
イージス艦の事故から,組織の問題を学ぶ
[Reported by H.Nishimura 2008.03.03]
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