■「フラット化する世界」 5 (No.014)
フラット化する世界には,様々なことがあることを示し,その課題提起もされている。
新しいミドルクラスの仕事
フラット化する世界で個人として栄えるには,自分を「無敵の民」にする方策を見つけなければならない。その無敵の民とは,「自分の仕事がアウトソーシング,デジタル化,オートメーション化されることがない人」と,述べている。さらに,この無敵の民は,三つに大別されるとして,
- 「かけがえのない,もしくは特化した」人々で,自分たちの商品やサービスのグローバルな市場を持ち,グローバルな報酬を自分たちで支配できる。
- 「地元に密着」して「錨を下ろしている」人々である。無敵なのは,しっかりと錨を下ろしているからである。
- かって組み立てラインの労働者,データ入力,セキュリティ分析,経理関係,放射線技術関係など様々なミドルクラスの仕事をしていた人々である。(旧ミドルクラス)
この三番目の旧のミドルクラスが問題で,かっては代替不可能とされていたが,フラットな世界で代替が可能になってしまった。したがって,このミドルクラスの仕事を増やし続けるには,フラットな世界に適合する特定のスキルが必要になってきている。これが,新ミドルクラスである。この新ミドルクラスの仕事として挙げられているのが次のような仕事である。
- 偉大な共同作業者・まとめ役−−作業をとりまとめる管理者
- 偉大なシンセサイザー −−合成で生まれる新しい仕事
- 偉大な説明役 −−管理者,ライター,教師,プロデューサー,エディター
- 偉大な梃子入れ役 −−物事の端から端までをつなぎ合わせる作業がよく判る人材
- 偉大な適応者 −−適応能力が高い多芸多才な人々
- グリーン・ピープル −−「持続可能」「再生可能」にまつわる仕事をする人々
- 熱心なパーソナライザー −−熱意だったり,客を喜ばせる芸能であったり,クリエイティブな味付けをする人々
- 偉大なローカライザー −−グローバルのインフラを理解し,そこにある新しいツールを現地ニーズに適応させる人々
以上の説明は,我々の将来のあり方を示唆している。つまり,容易に代替可能な仕事ではなく,個性ある,独創的な仕事で社会貢献する仕事でなければ,いずれ国内,又は諸外国の安い労働力で置き換えられてしまうことを示している。周りの仕事でどんどんアウトソーシングされているのを目の当たりに見る今日,競争社会で生き残りが掛かっているとはいえ,会社の体を為しているのかと疑いたくなる場面が多い。しかし,それは将来の社会の単なる前兆でしかないことをこの本は示唆している。
アメリカの教育問題
訳者のあとがきを読んで知ったのだが,「理想の才能を求めて」(第7章)は,第一版にはなく,後から付け加えられたとある。著者のアメリカの教育の問題が如何に重要かが伺えるのである。(第7章から第9章まで約120ページを割いている)
理想の才能とは何か?そのための,理想の教育とはどんなものか?どうやって施すか?を問いつめ,四つの方法に的を絞っている。
- 「学ぶ方法を学ぶ」
- 熱意と好奇心を持つこと
- 人を好きになること
- 右脳を進化させる方法
アメリカにはまだまだ優れた環境があり,守り育てなければならないことがあるという。
- アメリカ社会がとても開放的であること
- アメリカの知的財産保護の質の高さ
- アメリカには世界で最も柔軟な労働法があること
- 世界最大の国内消費市場があって,そこが最初の順応者になること
制度,法律,文化的規範の組み合わせが,一定レベルの信頼,イノベーション,共同作業を生み,我々の経済を絶えず刷新し,生活水準を押し上げており,フラットな世界にアメリカの手に負えないことは何一つ無い。この時代に合うように若者たちに適切な教育をして,ソースの秘密を大切にし,豊かなものにすることが重要であると述べている。
しかし,アメリカを見ると,科学教育に関して6つの恥ずかしい秘密があると云う。これは「静かなる危機」と警鐘する。
- 数の不均衡 −−若者の科学者,エンジニアの不足(他国と差あり)
- 教育の欠陥 −−科学者,エンジニアよりも弁護士に,最近はMBAに
- 成功願望の欠如 −−起業家精神,創造力,知能を掘り起こす力が弱まっている
- 貧困層の教育の欠如−−実質的な人種隔離で,教育が不備に。フラット化が追い打ち
- 予算の欠陥 −−「基礎研究」への政府の資金提供が減少
- インフラの欠陥 −−ブロードバンドの遅れ(国家政策に入っていない)
アメリカの於かれた状況は,フラット化した世界では,世界各国がアメリカと真っ向から競争できるようになったことが,大きな難題になっている。これらの国々は,過激な資本主義を掲げる国々で,中国,インド,韓国などである。これらの難題に立ち向かうために,「思いやりのあるフラット主義」を著者は提唱している。それらは五つの行動領域を中心に組み立てられる。その五つとは,次のことである。
- 政治的リーダシップ
- 「雇用される能力」の強化
- フラット化への反動に対する緩衝材を用意すること
- グローバル企業を通じた社会改革運動
- 家庭のおける子育て
著者はアメリカに向けて,いろいろな提言をしている。アメリカを愛するがゆえだろう。しかし,このことは,日本の我々にとっても,同じようなことが云えるのではないか。10年〜20年遅れて,アメリカで起こった現象が日本でも繰り返されるのがこれまでの歴史である。フラットな世界に入って,これはもっと加速されて数年の早さで日本にやってくる。と云うことは,今から日本人が殆ど気づいていないことを準備しておくことが重要なのではないか。
教育問題は国会でも騒がれている。これはまだ,現在の課題での議論である。そうではなく,この本がアメリカに警鐘している内容を,将来の日本のこととして冷静に捉え,将来の日本の教育のあり方を議論して欲しいものである。
企業における対処策
次に挙げる事例は,成長している企業で,それらは変化への準備が万端だったことがよく判る。
フラットな世界の有効な生存戦略は,「戦略的な洞察力,創造的な直観,芸術的なひらめきを売り物にする。抜きん出た独創的なソリューションを売り,個性を売る。そういったデジタル化できないものを中核となる競争力にし,的を絞っている」と云う。
アラメックスと云うアラブ諸国で初めて設立された小荷物配送業者があるが,彼らが大きく発展した理由は,「最初からインターネットを使って,最新の技術を利用し,ウェブのおかげで大物のごとく振る舞うことができ,安いコストで複製ができた」と云う。「ゲームが変わりつつある。巨人になる必要はない。ニッチを見つければよい。テクノロジーのおかげで大企業とも競争できる」とも云う。
スターバックスが伸びたのは,客に店専属の飲料デザイナーになってもらい,それぞれの好みに合う飲み物をカスタマイズできるようにしているからである。フラットな世界では,これまでにない新しい協力関係を客と結ぶことができるようになり,それによって小回りの効くようになり,賢い大企業はそれを上手く認識している。
ロールス・ロイスは有名なイギリスの自動車メーカであるが,現在の中核となる競争力は,民間・軍用航空機,ヘリコプター,船,石油・天然ガス火力発電所向けタービンの製造である。中核的な分野以外では,もっと水平的な手法を採用し,さほど重要でない部品を世界各地の業者にアウトソーシングし,イギリスから遠く離れた土地のIQを利用している。
HPでは社内に事務処理を客が見張っているのに気づき,これを商品化すればよいと考えた。即ち,自分の胸部をX線検査したら,他人が興味を持つ資産があることを発見した。これこそがビジネスである。現在HPでは,売上げの大半はアメリカ国外からのもので,HPの頭脳とインフラの中核をなすチームは,アメリカにいて,この手の契約を勝ち取るプロセスをまとめる能力を示している。
いずれの例も,変化に対する俊敏性が活かされている。このように変化が激しい時代は,良く練った戦略に則って大きくことを構えるよりも,戦略を実行しながら,その変化を自分のものに取り込むしたたかさの有無が決め手になっているように感じられる。
フラットでない世界
最後に,未だフラット化していない世界について,フラット化がどういう風に頓挫するかを述べている。
○重い病から抜け出せない人々
これは世界の約半数の人々はフラット化した世界に住んでいるが,未だ約半数の30億人もの人が窮地から抜け出すことができず,教育,医療,資本主義,法の支配,富の蓄積をする善循環への移行が始まっていないことを云っている。
○力を奪われた人々
この人たちは,フラット化する世界に完全に入りきれない人々のことで,半フラット人である。インドでもフラット化したとはいえ,全人口の2%でしかなく,残り98%は半フラットな人々なのである。
反グローバリゼーション運動をしている人々(アメリカのアッパーミドルクラスのリベラルな人々,社会主義,無政府主義者などの左翼,消極的支持者,反米主義者,真摯な善意の建設的集団)などのことを示している。
○やりどころのない不満を抱えた人々
イスラム過激派に代表される,開放性を脅威と見なし,社会を開かれたものにしフラット化する源である信頼を意図的に攻撃している人々である。
自分たちの信じているイスラム文明が,なぜ屈辱を受けなければならないのかと云う自尊心を傷つけられた人々である。
○エネルギー危機への処方箋
世界のフラット化に対して,上述した人々とは違ったもので,凄まじく強力な脅威が現れようとしている。それはエネルギー不足である。これまでフラットでなかった世界に住んでいた人たち,特に,中国,インド,旧ソ連と云った国々の人々が,自家用車や家電製品を持つ夢を持って,フラット化した世界のプラットフォームになだれ込んできたら,間違いなくエネルギーが不足すると云われている。
エネルギー節約と再生可能な新エネルギー開発の両輪とする新しい戦略手法が必要とされており,これを「地球緑主義(ジオグリーニズム)」と呼ぶ。未来を洞察し,これを推進する指導者が現れることを著者は訴えている。
以上,「フラット化する世界(上・下)」に,私見も交えながら触れてみたが,21世紀を支える人々,特に,若い人には,グローバルと云う言葉が当たり前のように使われているが,このグローバル化が新段階に入りつつあることを,改めて考えさせてくれる書物としては,絶好のものである。我々の世代よりも,コンピュータ世界に慣れた若者にとっては,内容的にはすんなり入る内容ではないかと思う。機会があれば,是非,読んで欲しい。
21世紀におけるグローバル化を考え,議論してみよう
[Reported by H.Nishimura 2007.05.03]
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