■知識の伝達が上手く行っていない(No.004)

このホームページを作った目的は,最初に述べたように,知識の伝達をしたいからである。知識の伝承を非常に大切なことと考えているからである。このことを真剣に考え,定年前の5年間は,むしろ「知識の伝承」が大きな仕事と思って過ごしてきた私でさえも,まだまだ十分に伝承できたとは思っていない。ましてこれから定年を迎える多くの団塊の世代の諸君が,きっちり後輩に伝承しているとは思えない。少なくとも,私の周りを見た限り,そうした人は希である。

知識は個人から生まれる

「知識を伝承する」と云うが,そもそも知識とはどんなものなのか,またどうして生まれるのか。「知識」と云うと,先ず思いつくのは,教科書や専門書などを通じて勉強して得るものがある。特に専門的な知識を得るには,こうした書物から学ぶことが,一般的でありオーソドックスな方法である。しかし,ここで云う「知識の伝達」とは,教科書や専門書には載っていないような「ノウハウ」や「新たな知見」と云ったものを伝えることを指している。

こうしたものは,学問的には「暗黙知」と云われるもので,個人の経験,観察や模倣,訓練を通じての気づきなどから生まれる。その段階では,あくまでの個人の意識の中にあるだけで,その人しか使えない「モノ」である。

「組織知」が重要

企業で仕事をすることは,顧客に対して製品やサービスを通じて貢献することである。その市場では,当然競合との競争がある。そうした前提の基で,企業が長期的に社会に貢献することによって,利益を享受することを目指している。もちろん,そうした活動を通じて,個人の成長をも目指すものである。

こうした企業社会では,企業力,組織力が重要である。この力は,これまでに培われた企業風土・文化はもちろんのこと,具体的な仕事の進め方・やり方が根本にある。そうしたことをバックに,そこに所属する人のスキル・能力が大きな力の源泉となる。現実には,いろいろなケースがあり,大企業ではそのバックになる企業風土・文化からくる仕事のやり方のウェートが大きいが,一方中小企業では,もちろん企業風土・文化が伝統的に伝わっているところもあるが,どちらかと云えば,現在居る人,個人の能力が大きなウェートを占めることが多い。

現実を見ると,大企業でも事業場が分かれていて,中小企業と変わらない場合も少なからずある。つまり,多くの企業では,そこに居る人の能力で,企業力が左右されることは珍しいことではない。その場合,企業の力と云うよりも,その能力はその人固有のものである。言い換えれば,その人が居る間は,組織の力として能力を発揮するが,その人が居なくなると途端に,組織としての能力がなくなってしまうことがある。組織と云えども,そこに居る人が仕事をしているのである。

しかし,大小企業を問わず,組織の目的は,人が変わろうとも,その組織に与えられたミッションを果たすことであり,そのためには,個人の力だけではない組織力が求められている。つまり,「個人知」を「組織知」に変換すること,即ち,職場でのルールやマニュアルと云った形にして,それらを長年にわたってその企業の風土・文化にまですることである。これらが「組織知」と云われるものである。そして,それらを基に,個人の能力を発揮しながら,組織のミッションを果たすことが必要なのである。

ところが,この「個人知」を「組織知」に変えることがなかなか難しいのである。

個人の知とは,先ずは「暗黙知」と云う形で前述したように個人の中に形成される。これは,このままでは容易に他人に伝達できない。いわゆる職人が親方に弟子入りしてその技を長年掛けて盗み取るような形でしか伝わらない。「組織知」が重要なことは判っていても,「個人知」をそこまでにするには,かなりのエネルギーが必要である。また,職場によっては,自分が経験で会得した「ノウハウ」を簡単に,他人に渡せるものか,と云った風土の職場もないわけではない。

ここで最初の前提に戻るが,企業の組織に属している限りにおいては,同じ職場の仲間は少なくとも,市場での競合との競争においては味方であり,お互いが助け合わねば勝てない。企業に勤める限り,競合との競争は不可避である。つまり,仕事の中で得た知識,ノウハウは,仲間で上手く共有して,効率よく仕事をしなければならない。個人で知識を得て満足していても,競合に負けてしまっては,不幸になるだけである。

この個人の「暗黙知」を仲間に伝えるには,「暗黙知」のまま伝えることもあるが,一般的には「形式知」に置き換えることである。つまり,一般的に行われている,規程・基準,マニュアルと云った企業内のルール化をすることである。大がかりなことを考えるとなかなか進まないことが多いので,先ずは身近なマニュアル作りから始めるのがよい。これらが積み重なると,やがてはその企業の,規程・基準と云ったものになり,それが風土・文化を形成していく。

なかなか伝わらないのは「思想」

実際,こうした規程・基準,マニュアルと云ったものが多くあった大企業で働き,また,自らがマニュアルを作ったり,規程・基準を作ったりと云う仕事をして感じたことがある。

それは,一つには日本人の考え方と,特に西欧人の考え方の違い,社会文化の違いといった方が良いかもしれない。どちらかと云えば,ルール,マニュアルがなくても,一定の秩序を保ちながら,ルールやマニュアルを作って行こうと考える日本人に対して,ルール,マニュアルが先にありき,と云った西欧系の人々。善し悪しは別にして,「組織知」の考え方も大きな違いがある。

もう一つは,「組織知」の伝承についてである。多くの企業には,少なからず,規程・基準,マニュアル,作業方法と云ったものがある。それらは,文書化されて伝統的に受け継がれている。しかし,その中に含まれる,作られた背景や思想と云ったものはなかなか伝えられていない実態である。やり方は判っているがなぜそのようにしているか漠然とは判っているが,その本質的な部分は判っていないことに出くわすことがある。

知識の伝承とは,もちろん「形式知」化されたものが重要であることには変わりないが,我々団塊の世代が,次の世代に伝えなければならない重要なこと,それは「形式知」にされたものの背景にある「思想」ではないか,と感じている。

 

*「知識創造企業」(野中郁次郎,竹内弘高 著 東洋経済新報社 1996)と云う書物が約10年前に出版されている。これは,知識がどのように創造されるかについて詳細に述べられている著名な書物である。「暗黙知」と「形式知」に関して詳細に書かれている。これについては,別の機会に詳細に説明することにする。知識創造に関心ある方は,是非読まれることをお勧めする。

 

あなたの職場では,「知識」の伝承が上手く行っていますか?

あなたの職場の規程・基準,」ルールなどの作られた「思想」を考えたことがありますか?

 

[Reported by H.Nishimura 2007.02.22]


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